Chapter 4-15
スィルツォードははっと目を開けた。酒場の仕切り主の呆れるような視線を、初めて目にする。
「相変わらず、悪い癖が抜けないねえ」
「すみません。こればかりは、どうにも」
悪びれる様子もなく、背筋を伸ばしたセルフィレリカが謝罪の言葉を述べている。
スィルツォードは気になって、彼女の隣までやってきた。ルイーダははぁ、とため息をついて、引き出しを開けて何かを探る。
「まあ、アンタを説得するのはもう諦めたよ。またひとつ引いておくからね」
「はい、お願いします」
カウンターで隠れているためこちらからは見えないが、小さな紙切れだろうか。ルイーダはそこに一本の線を書きつけた。会話の内容も見えないスィルツォードに分かったことは、それまで。
「……あと二回で落ちるから、そのつもりでね」
「わかりました」
やはり見えない。二人だけに通じるやりとり、すぐ傍にいる自分は蚊帳の外だ。
何かよくないことを話しているということはわかる。しかしだとすれば、自分にお咎めがないのは何故だろうか。セルフィレリカとともに酒場を出てから、やったことは同じはずなのだが。
「今日は疲れてるだろう。もう上に上がってお休み」
一転、母親のような優しげな声で彼女は言った。
「いろいろ用事があるんだろう、疲れを溜めてる場合じゃないよ。それにいつまでもここにいたら、また事情聴取に引っかかっちまう。ほら行った行った」
人目を盗んでここまで辿り着いたものの、雑踏する酒場の方では既に何人かがセルフィレリカの存在に気付き始めていた。おそらくここも長くは持たないだろう。
「……そうします。おやすみなさい」
ルイーダの厚意に甘えて、彼女は頭を下げて二階へと避難する。スィルツォードもルイーダに「おやすみなさい」と会釈して、彼女の後について階段を上っていった。

「さっき、何て言われてたんだ?」
一階の比ではないが、夕食時でそれなりに賑わうラウンジを通り過ぎ、三階への階段に向かう二人。
「ああ。ボランティアもいいが、ギルドではやめてくれ、とな」
「ん……?」
遠回しな彼女の返答に、しばらく理解に時間がかかる。階段を上り終えたところで、どういう意味かに気がついた。
「猫捜しのことか?」
「ああ。そういった案件はギルドに依頼として入ってきたら、それを受けて報酬をもらえ、ということだ」
「そういうルールがあるのか。でも、ギルドに頼まない人も多そうだけど」
ギルドメンバーなら、ギルドを通じて依頼を受ける。至極自然な考えだが、対価を要求するからには、それを是とせず依頼をしない人もいるはずだ。そういった者たちの頼みは、どうなるのだろうか。
「そこは、ギルドメンバーの腕の見せどころだ。ギルドに依頼すれば、格安で引き受けますよ、とな」
スィルツォードの顔がむっとする。自分でも分かれば、それはセルフィレリカにも伝わったらしい。
「要は報酬がもらえない仕事はするな、ってことか……なんか嫌だな、そういうの」
「……気持ちのいいことではないが、ギルドだって商売なんだ。仕方ないところもある」
彼女もやや残念そうに、真実を告げる。
「……というわけで、ギルドメンバーがクエストを介さずに、街人などの依頼を直接受けてそれを遂行したことが発覚した場合、ペナルティの対象になる。覚えておくといい」

そこで合点がいった。ひとつ引いておく、あと二回で落ちる……。あれは、セルフィレリカのランクに関わる話だったということだ。
「この規則は守ったほうがいい。今日のわたしは反面教師だ」
「ちょっと待ってくれ」
そしてそうなると、二つほど疑問が浮かぶ。
「オレに罰がないのはおかしくないか?同じことをやったんだぞ」
一つ目のクエスチョン。
「……ルイーダさんは、わたしのことをよく知ってくれているからな」
それに対して、セルフィレリカはまた回りくどい回答をした。
「……というと?」
「わたしが今日の猫捜しにキミを付き合わせた……というのは、あの人にはお見通しだということだ」
「付き合いが長いと、そういうところも分かるもんなのか」
「きっとな。それにルイーダさん自身の温情もあると思う。ランクが上がったばかりのキミから、点は引きたくないんだろう」
「うーん、それじゃ次に」
完全に納得はしなかったが、スィルツォードにとってさらに気になったのはもう一つの疑問だった。
「発覚した場合、って言ってたけど、さっきはルイーダさんに自分から言いにいってなかったか?」
「いや、その通りだが」
「なんでわざわざ進んで罰を受けるようなことを? 言わなかったらすむ話なんじゃないのか?」
「その質問に対するわたしの答えはひとつだ。『わたしは頭が悪い』」
訊かれると思っていた、というふうに答えるセルフィレリカ。どうやら彼女は返事を用意していたらしい。
その答えに、スィルツォードの頭には二つの台詞が浮かんだ。それは昼間の彼女と、つい先ほどのルイーダの言葉。

『キミは、まっすぐだな』
『……またかい』

曲がったことをよしとしない、まっすぐな心の持ち主は一体どちらなのか。
そう……間違いなく、彼女はこの罰の常習犯なのだ。
「……そういうことにしておくよ」
答えは、それでよかった。

「すまないが、この後少し用が残っているから……」
「ああ、分かった。晩飯はまた今度、一緒に食おう」
セルフィレリカの部屋の前。会話通り、今日はこれで解散ということになった。この二つ向こうがスィルツォードの部屋だ。その間の扉は今夜もしっかりと閉じられていて、開く気配がない。
「こんな時間まで長く付き合わせて悪かった。今度、何かで埋め合わせをしよう」
「いいってそんなの。それより、セルフィレリカは相手がオレでよかったのか?」
「つまらない話から逃げられて言うことなしだ。ひとつも不満は見当たらない」
「そっか」
とりあえず、無駄な一日だったと思われてはいないらしい。それだけで、スィルツォードはちょっとした安心感を得た。
「オレも楽しかったよ。セルフィレリカが案外おしゃべりだってことも分かったしな。家のこととか、詳しく聞けると思ってなかったし」
「な……」
言葉に詰まる彼女。なるほど、剣がダメでもこちらでは歯が立つかもしれない。
「こほん……何かと口を滑らせすぎたらしい。今日聞いたことは、忘れてもらっていい」
小さく咳払いをして、彼女は取り繕う。
「忘れるもんか。墓場まで持って行ってやる」
「ならその前に、キミを墓場に持って行こうか?」
ちゃきっ、と柄と鞘が擦れる。わずかに微笑んだその表情が余計に恐ろしい。
「待て待て、冗談だって」
「百も承知だ」
「まあ、それは置いといて……話してくれてうれしかったよ。ありがとう」
「……この話を聞いて、礼を言われたのは初めてだな」
「そうか?」
ほんの少し首を傾げるスィルツォード。特に変なことを言ったつもりはないんだけどな、と頭を掻く。
それから、ほぼ同じ高さの彼女の眼を見て、彼は言った。

「……もしセルフィレリカが困っていたら、助けになりたい。出すぎたマネかもしれないけど、オレに協力できることがあったらなんでも言ってくれよな」
「……なかなかお節介だな、キミは」
目を閉じて、彼女は呟く。それからゆらりと微笑みを浮かべて、答えた。

「ああ。そのときはよろしく」


【To Be Continued】
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