Chapter 4-13
「なあ、なんでさっき本当のことを言わなかったんだ?」

猫捜しに繰り出す前に、スィルツォードは先のやりとりの真意をセルフィレリカに問うた。
ギルドのメンバーだと打ち明けることを制されてから、彼女に何か考えがあるのだろうと思って黙ってその行方を見ていたのだが、このまま猫を見つけて事を終わらせるには、いろいろと腑に落ちない点があったからだ。
飼い主の男は見当違いの方向を捜しに行ってしまった。アリアハンの街は相当に広い。日没に先ほどの場所で合流することを取り付けたが、おそらく彼はそれまでずっと、石畳の上を走り回ることになるだろう。
「行き先を教えると、そちらを探しに行くのが飼い主というものだ」
「そりゃそうだろ。かわいがってるんだろうし、早く見つけてやりたいって思うはずだろ」
セルフィレリカの答えに、当たり前だろうと食いつく。
「もちろんわたしも同じだ。ああいう対応をして、心苦しいところはある」
「じゃあなんで。同じ猫とは限らないからとか?」
「いや」
彼の推測をきっぱり否定し、答える。

「あの影が走っていった方向は、街の外だ」

「あっ……」
しばらくの沈黙の後、彼はようやく彼女の言動の意味を理解した。
「そうだな……セルフィレリカの言う通りだ」
「申し訳ないことをしたとは思うが、万が一のことを考えると、あの人にはマラソンをしてもらっている方がいい」
これでも一時期よりは、一般人が街の外へ出ることは安全になった。整備された街道に沿ってなら、そうそう問題が起こることは少ない。実際、アリアハンとレーベを結ぶ街道の安全さは世界でも間違いなく五指に入るという。
しかし街の南側に街道はない。猫が走り去った方向は、人ではなく魔物たちの領域だ。いくらアリアハン近辺の魔物がおとなしいほうだといっても、戦いの心得を持たない者にとっては魔境に巣食う獰猛な魔獣たちと等しく、命を奪う凶刃となり得る。
そうなれば、人の手の届いていない広い草原はこちらの守備範囲だ。スィルツォードは腰に携えた剣の柄に触れ、一度だけそっと握った。
「よし、それじゃさっさと見つけようぜ。あの人がバテる前に」
「それが最善だ。行こう」


街の外、アリアハンを取り囲む街壁の向こう側。
逃げ出した猫が向かった方を目指して、二人は並走を始めた。
十数分ほど足を動かし続けたころ。ただただ広がる緑の草野原の中に、ぽつんと青黒い点が見えた。

「おい、あそこ!」
先にそれに気づいたのはスィルツォードだった。草むらの中に固まって動く大烏たちが、不自然に嘴を動かし続けている。
近づくに連れて様子が明らかになっていく。その塊の中心では、何かが突つかれていた。微かに見えた赤い首輪に、二人は確信する。青と緑の中で目立つ色が、ここで役に立った。
「間違いない、あれだ」
「だな、急いで助けに行こう」
「敵の数が多い。キミを頼ることになるかもしれないが――そのときは頼む」
「ああ。足を引っ張らないように頑張るよ」
さっと目配せを交わし、頷き合う。まずはセルフィレリカが、先陣切って集団へと突っ込んでいく。その後ろ、彼女が標的にしなかった群れに、スィルツォードは斬りかかっていった。

「どけーーーっ!!」

走り込む勢いそのままに、振りかぶった剣を叩きつける。それから素早く横に振り抜く。この初撃で、スィルツォードは二匹を同時に斬り伏せた。
それからくるりと体勢を変え、仕留め損ねた烏たちを追う。その視界に、ふと揺れる黒が走った。
既に地には四、五匹ほどの骸が転がっていた。だがそれよりも、激しく動き回るスィルツォードは、思わず動きを止めてしまった。

「クェェェェェ!!!」
スィルツォードの狙いを離れた烏が空に飛び上がって一啼きし、セルフィレリカめがけて急降下する。その突撃をさっと屈んで避けたかと思うと、そのまま右手を腰から頭の上へと振り切った。その剣は空に逃げる隙すらも与えることなく、すれ違う鳥駆を真っ二つにした。
次いで突っ込んできた二匹の烏を、高く跳んで避ける。逆方向から迫っていた烏たちは正面衝突し、青い羽を撒き散らしながらひとつの塊となって地面に落下していった。
セルフィレリカは空中でくるりと一回転して、そのまま着地した。それからすっと左へ体を入れ替え、二、三歩ほど後ろへ飛び下がる。目を向けた延長線上に、自身に狙いをつけていた三匹の烏が重なり合う。そのわずか一瞬を衝き、彼女は細身の剣を突き出した。
風を巻き起こすほどのスピードで躍る刃が、空とともにその躰を貫く。雀刺しならぬ烏刺しが出来上がった。
「……」
既に残ったのは一匹。最後の大烏は数秒後に待ち受ける運命を知らず、真正面から彼女の首を狙って嘴を光らせる。一方のセルフィレリカは息を乱すことなく、じっと前を見据えている。そのときにはもう、彼女の剣は三匹の烏を振り飛ばし、迎え撃つ準備が十分に整っていた。

「……っ!?」

スィルツォードは息を呑んだ。瞬きをしたその刹那、構えていたセルフィレリカの姿が忽然と消えていた。
目を凝らして、よくよく見てみる。すると、先ほどまで構えていた場所から十メートルほど前だろうか、剣をひゅっと一振りして、鞘に納める彼女がいた。
そしてその後方を見ると、浮かぶのは雲ばかり。空を飛ぶことのできるものは、もう辺りには見当たらなかった。
「……」
群れの中を縦横無尽に飛び回ったその動きは、彼に深い衝撃を与えた。
蝶のように舞い、蜂のように刺す――その形容がこれほどまでに当てはまる光景を、彼は見たことがなかった。
結局、スィルツォードはただぼんやりと、セルフィレリカの剣捌きを見ているだけだった。それはあっという間の出来事。ものの十秒もしないうちに、彼女は十を超える大烏たちを一網打尽にしてしまったのだった。
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