Chapter 4-12
「……いてっ」

大通りに向かうというスバルを見送ってから、歩き出したスィルツォードは地を踏むと同時に顔をしかめた。足首からずきん、と痛みが走る。
「どうした?」
「いや、ちょっと足首が」
「ふむ……ぶつかったときに捻ったのかもしれないな。じっとしていろ」
屈み込み、足の様子をさっと見る。瞼を閉じて、セルフィレリカは囁くように唱えた。
「――癒しの光を。ホイミ」
かざした右手から、小さく淡い光が漏れる。その光は右足を包み込み、ほんの少しの暖かさとともに、すっと痛みを消し去った。
「おぉ……」
光が消えゆくのを見ながら、スィルツォードは感嘆の声を漏らす。眼前で起きている現象が、少しばかり不思議だった。
やや警戒して、右足に体重をかけてみる。それから何度か足を地に叩き、大丈夫だということを確かめた。
「ありがとう。呪文も使えるんだな」
「簡単なものをいくつかだけだが。ミストに教えてもらったんだ」
「ミストに?」
「とても親切に教えてくれたよ。よかったら、キミも一度手ほどきを受けてみるといい。ホイミくらいは覚えておくと、この先ずいぶんと楽になるぞ」
確かにそうだろうな、とスィルツォードは思う。実際、ティマリールと二人で一角ウサギを狩っていたあのときもそうだ。どちらかが回復呪文を心得ていたならば、セルフィレリカからの援助も必要なかったかもしれない。
しかし、誰かに教わって簡単に覚えられるものなのか。彼は疑っていた。自分自身を含めたほとんどの人間は、呪文を使えないのだから。
「……そういうのって、覚えられる職業が決まってたりするんじゃないのか?」
「ある程度はな。ただ、簡単なものなら当人の努力と素質によるところが大きいとわたしは思う」
「なんか、聞いてると望み薄そうなんだけど」
「何を言っている、全く逆だ。キミは決まった職に就いていないんだろう。なら可能性はいくらでもあるじゃないか」
「んー……そういう考え方もあるのか」
「とにかく一度体験してみることだ。そこから先は、呪文を生かすも殺すもキミ次第」
「手厳しいな」
「褒め言葉だ」
ふふっ、と微かな笑い声を含んで、彼女は答えた。

「職業といえば、さっきの人、忍者だって言ってたけど……そんな職業があるのか?」
思い出したように、スィルツォードがまた口を開く。
スバルとセルフィレリカに微妙な顔をさせたあの問いの後、彼は気を取り直して装束について訊ねた。すると、こんな答えが返って来たのだ。

『ああ、これは忍者の装束。拙者の宝、身体の一部でござる』

「……少なくとも、ギルドのメンバーにはいないな」
まあそうだろうな、とスィルツォードは頷いた。
「忍者というものについて、少し聞いたことはあるんだが……彼はどうも、その枠を外れていたように見えたな」
「外れてたっていうと?」
「いや、人目を忍んで隠密に行動するという話を聞いていたからな。しかしあれほど目立つ格好をしていると、とてもそうは思えない」
「言われてみれば。忍ぶ気ゼロだよな、あれ」
アリアハンであんな格好をしている者はまずいない。彼は大通りへ向かっていったが、そうなれば街人たちの目を引くことは避けられないだろう。
「まあ、普段からああいう服を着てるんなら、単に隠れる理由がなかったとかじゃないか?」
「ふむ。また会うことがあれば、そのときに訊いてみるとしよう」
「だな」
議論が終結し、会話が止んだかと思えば。

「おーい、そこのお二人さん!!」

どこからか、二人を呼ぶ声がかかった。
すぐにその正体は知れた。呼び声は、市民街へと続く脇道から走ってきた若い男のものだった。二人のところまでやって来ると、彼は十秒ほどかけて乱れた息を整えた。それから、訊ねてきた。
「その格好、旅人さんか?」
「えっ、ああ、オレたちは――」
「ええ、そうですが」
ギルドのメンバーだと告げようとしたスィルツォードに割り込んで、セルフィレリカはそう返事をした。
「実はさ、飼ってた猫が逃げちゃったんだ。茶色い猫なんだけど…このあたりで見なかったか?」
「猫……」
二人は互いを見合う。
「他に特徴はありますか?」
「そうだなあ、赤い首輪をしているはずだ。身体はちっちゃめなんだけど」
男の返事に、セルフィレリカが少し考え込む。
「……いえ」
「そうか……引き留めて悪かった、それじゃ――」
「待ってください」
去ろうとする男を、セルフィレリカは呼び止めた。
「よろしければ、お捜しするのをお手伝いします。すぐに追いかけてきたのなら、それほど遠くへは行っていないでしょう」
そして、そう提案を投げる。すると男は、一瞬目を見開いて言った。
「それはありがたい! それじゃ、見かけたら教えてくれないか」
「分かりました。わたしたちは向こうの方を当たってみます」
「助かるよ、それじゃ僕はこっちを捜してみる」
見つけたときにどうするか、などを簡単に話し合ってから、彼は中心街の方に走っていった。その後ろ姿を見送って、セルフィレリカはくるりとこちらを振り返る。
「……というわけだ。よければ付き合ってくれるか?」
「もちろんだ」
間髪を入れず、スィルツォードは頷く。そうか、と彼女は笑った。
「キミは、まっすぐだな」
「……?」
その言葉に、スィルツォードは小さく首を傾げる。それ以上、彼女は何も言わない。
「……セルフィレリカは忙しいんじゃないのか?」
「……まあ、やることがないわけではないんだが」
半ば困り顔、半ば澄まし顔。そんな表情で、セルフィレリカは続けた。

「酒場に戻って面倒事を根掘り葉掘り聞かれるよりは、ずっといい仕事さ」
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