Chapter 4-11
そうして会話が途切れたとき。
先ほどまで目を向けていた路地の方から、黒い影が飛び出してきた。

「うわっ!」

それはスィルツォードの眼前を横切り、そのまま視界から消え去った。遅れること数瞬、彼は微かな風を頬に感じ、思わず声を上げて仰け反った。影の消えた方へと顔を向けると、小さな身体から伸びる尻尾が、揺れながら遠ざかっていくのが見えた。
「あれは……」
「猫のようだな」
後ろから、一部始終を見ていたセルフィレリカが言った。その一秒か二秒の間に、影はもう小さな点になっていた。
「すばしっこいなぁ。それにしても、急に出てくるもんだからびっくりしたよ」
「猫のことだから、キミにぶつかるはずはなかっただろうがな」
「あの猫……どっかの家の猫かな」
あれは自由への逃亡を図る飼い猫か、本能のままに疾駆する野良猫か。
セルフィレリカは、おおよそ察しがついていたらしく。
「ああ、そうだろうな」
「なんでそう言い切れるんだ? オレ、適当に言っただけだけど」
「毛並みが整っていたし、首輪をしていた。それに、何に追われてもいない野良猫があんな速さで走るとは思えない。追っ手もいないようだからな」
「ほんとか、あの一瞬でよく見てたな……」
感嘆の声を漏らすスィルツォード。時間にすれば秒もないほどで、よくそこまで観察ができたものだ。しかし当のセルフィレリカは、別段気にした風でもないようだ。
「冒険者をやっていると、一瞬の動きを見る力は嫌でも身に付くさ。キミもすぐに分かる」
「そんなもんなのか……」
半信半疑、といったところか、スィルツォードは彼女のその答えを鵜呑みにはできなかった。ほんの少しだけ、冒険者職に対して抱いていた根拠のない自信がなくなった。

「おい、スィルツォード――」
身体を完全に前に向けるより早く歩き出したためか、前方からやってくる人影に気が付くのが遅れた。
セルフィレリカの注意より早く、彼は幼猫よりずっと大きな何かにぶつかった。

「おわっ!」
「っと……!」

衝撃を感じたときには、身体はもう道に倒れ込んでいた。頭上から聞こえてきたのは男の声。さっ、と影が入り、日の光を遮る。
「やや、これは失礼つかまつった。読み物をしていたゆえ、前に気を向けるのを忘れていたでござる」
「すいません、オレも前方不注意で……」
「どこか痛むところはござらぬか?」
「はい……大丈夫です。そっちは……?」
「拙者のことは心配無用、傷はござらん」
差し伸べられた手を引いて、立ち上がる。土埃をはたいて、スィルツォードはそこで初めて男の顔を見た。
精悍な雰囲気の漂う青年であったが、風貌は奇妙なものだった。全身が濃青色の装束に包まれており、その布は口元までを覆っている。頭巾からはわずかに前髪がはみ出しており、腰には短刀と巾着が携えられていた。
セルフィレリカも異質な彼の見た目にはいくらか興味を持ったようで、スィルツォードの隣にやってきて青年の様子を窺う。それに気が付いたのか、彼はすっと背を正して二人に言った。
「拙者はオオガミ=スバルと申す。ジパングより参った」
「あ、どうも。オレはスィルツォード=グレイネルです」
「初めまして、セルフィレリカ=クード=ファスタレンドです。以後お見知り置きを」
「スィルツォード殿にセルフィレリカ殿、でござるな。改めて、よろしくお願いつかまつる」
短刀の鞘らしき部分に手を添えて、頭巾の男――スバルは、そう名乗って深めに腰を折った。
「地図を読んでいたんですか」
セルフィレリカが、彼の右手に握られた紙を見て訊いた。
「恥ずかしながら、この街にまだ慣れておらぬもので……こうも広いと、案内を見つつ歩かねば、すぐに迷ってしまいそうになるでござる」
「あー、アリアハンは広いもんなぁ……」
うんうんと、スィルツォードは頷く。自分も二年ほど前には同じ思いを抱えていたものだ。
「目的地があるなら、そこまでお連れしますが」
「いや。それには及ばぬ、セルフィレリカ殿。二人に時間を取らせるのは忍びない……気持ちだけありがたく頂いておくでござる」
セルフィレリカが案内役を申し出たが、スバルは手を上げてそれを断った。
「それにこうして、あちらこちらをぶらりと歩くのもまた一興。街並みを眺めながら、ゆっくり歩くとするでござるよ」
それを聞いて、セルフィレリカはそうですか、と退いた。

(それにしても)

二人のやりとりの間、スィルツォードは半ば上の空でスバルの服に目を向けていた。物珍しい格好をしているだけに、どうしてもその身なりを見てしまう。やや挙動不審なその視線に、スバルが気づかないはずもなく。
「……どうかしたでござるか?」
「あ、いや。ちょっと気になることがあって」
慌ててごまかすスィルツォード。
「こうして知り合うたのも何かの縁。なんでも聞くでござる」
と胸を叩くスバル。
「じゃあ聞きます」
意を決して、スィルツォードは質問をぶつける。

「……スバルさん、暑くないですか?」
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