Chapter 4-9
賑わう街通り。行き交う人は数知れず、しかし広い通りと開けた大空のおかげで酒場のような暑苦しさはない。
先に各々の部屋で昼食をとってから、再び合流した。その後、込み入った話をするのにセルフィレリカが選んだ場所は、意外にもギルドの二階や彼女の部屋ではなく、この大通りだった。足は止めずに、あてもなくぶらぶらと進む。

「まあ、話半分に聞いてくれるといい。覚えておいてくれとは言わない」
はじめに一言、そう断りを入れてから、セルフィレリカは口を開いた。
「とりあえず、確認だけしておこう。キミの中では、わたしはエジンベア出身の家出少女ということになっていると思うが」
「ああ、なっている……っていうか、自分でそう言ってなかったか?」
そう、あれはギルドに入った最初の日だったはずだ。
記憶をたどれば、彼女は確かに言葉を濁していたような気もする。
「間違ったことは言っていない。実際その通りなんだ」
「じゃあ、それだけじゃないってことか?」
どうやらただならぬ事情があるらしい。スィルツォードがそう促すと、セルフィレリカは頷きで答えた。
「わたしが家出をした理由のひとつが、さっきの男――ファドールだ」
「……」
話がまだよく見えてこないスィルツォードは、ひとまず彼女の言葉の続きを待つ。
「重要なところを先に言うと、彼は私の婚約者、ということになっている」
「……へ?」
間の抜けた声が、喉から漏れた。あまりに予想の枠を外れていて、スィルツォードは豆鉄砲を食らった顔をすることさえできずにいた。
「ちょっと……話がぶっ飛びすぎてて、ついてけないんだけど」
「だろうと思った。ここからは、順を追って説明するとしよう」

並んで歩く二人分の靴音が、石畳から跳ね返って響く。城へと続く中央通りを南に折れて、そのままのんびり歩き続ける。彼らの影の背は低く地を這い、反対に太陽は高く天に昇り輝いていた。一度の呼吸を合図に、時を遡った彼女の話が始まる。
「わたしの家があるエジンベアは、十年ほど前に一度壊滅している」
「壊滅……!?」
いきなり不穏な単語が飛び出す。
「当時の国王が、何かの儀式をやろうとしたらしい。それが失敗して、城は焼け落ち、街にも大きな被害が出た」
「そんなことがあったのか……オレ、知らなかったよ」
まさか自分が箱庭の中で過ごしていた頃、幼くして死と隣り合わせの事態に巻き込まれていたとは。
「年齢を考えると、不思議でもないだろう。わたしもそのころは小さな子供だ、当事者でなければ知っていたかどうか……。話を戻すと、不幸中の幸いだったのは、わたしの家を含めて、無事だったところもそれなりにあったということだ」
「そこから立て直しが始まったのか。でも十年でよく普通の街に戻ったな」
「普通……か。あれを普通と呼ぶのは、どうだろう」
「なにか違うのか?」
苦々しげな面持ちで目を伏せるセルフィレリカに、スィルツォードは問いかけた。
「今でこそ、他の都市と貿易ができるまでに復興したが……この短期間でそれだけのことができたのは、出資者がいたからだ」
「出資者?」
「早い話が、多額の資金を出して街を立て直すのに貢献することで、営業権や自治権といった、街の実権をまとめて握ろうとしたわけだ」
「なるほど……金持ちの考えそうなことだな。それで復興のお金が集まったのか」
貴族が何たるか、を深く知らないスィルツォードには、そう結論するのが精一杯だった。
「そのときに生き残った「金持ち」たちは、皆同じことを考えた。エジンベアは島国だから、大きな街や国へ向けて船が簡単に出せる。だからここを貿易都市として再生できれば、その見返りは相当なものになる、と。わたしの父も、そういう考えの持ち主だった」
とセルフィレリカ。
「わたしの父……?」
気に留まるフレーズを、脳が勝手に拾い上げた。そして思考の歯車が動き出す。
「待てよ、ってことは、セルフィレリカは貴族の娘だったのか……!?」
「そういうことだ。隠していたわけではないが……話がややこしくなってしまったことは謝らなければいけないな。すまなかった」
くい、と頭を下げる彼女に、しばらくしてから慌て出すスィルツォード。
「……もしかしてオレ、すごい失礼だったんじゃ」
「ん……?」
「いや、こんなふうに普通に喋ってるのとか」
「何を言うんだ。この数日でキミも分かっているだろう、ギルドに生まれの身分はない。キミがこれから、わたしに対する態度を変える必要はないよ。むしろ、そうしてくれるな」
「……そう言ってもらえると、助かるよ」
ふぅ、と息を吐くスィルツォード。それから、苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「いや、その……ほら、やっと見つけた続きそうな仕事だからさ。上司の機嫌は取らなきゃな、なんてさ」
「……ふふ、なんだそれは。わたしがそんなことを気にするなら、貴族を殴りつけたと噂のキミに声をかけたはずがないだろう」
「はは、確かに」
互いに口元が緩んだ。

「とまあ、それはそれとして、だ。本題は簡単な話で……」
「ああ」
閑話休題、スィルツォードが頷く。
「復興に手を貸した貴族は多いが、中でも多くの援助をしたのが、ファスタレンド家ともうひとつ、クォートハーツという家だ。この両家だけで、他の貴族たちが出した金額を束にしても足りないほどだと聞いている。と、ここまで言えばもうキミにも分かると思うが……」
「……つまり、あのファドールってヤツはそのクォートハーツ家の息子ってことだな」
「ご名答だ」
大きく頷く彼女。はぁー、と感心気な息を漏らしながら、スィルツォードは頭の後ろで手を組んで歩き続ける。
「なるほどなー、二人が身内になれば、エジンベアはもう揺らぐことなくあんたらのもの、ってわけか。政略結婚ってやつ?」
「そうだな。こちらの家も、あちらの家も、ファドール自身もそのつもりでいるらしい。だが……」

ふいに、影の動きが止まった。隣を歩いていたセルフィレリカが歩を止めたことに気づいて、数歩先で振り向く。彼女はぴんと背を伸ばして、遠く街壁のその向こう、水平の果てを見つめている。そして凛とした声で、一片の迷いもなくきっぱりと言い放った。

「わたしは、そんなものには興味がない」
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -