Chapter 4-8
ちょうど表通りから裏庭へと入ってくる小道の先。声の主が、そこに立っていた。
深紅のマントとズボンを身につけ、走りにくそうな底の厚いブーツを履いている。首元には大きな宝石があしらわれたネックレス。街中にいれば否応なく目立ってしょうがない、なんとも派手な格好をしていた。
その顔立ちは非常に端正だった。やや白い肌をしており、輝かんばかりの金髪。美少年という言葉がぴったり似合う若者だ。
「セルフィレリカ、探したよ。こんなところにいるとはね」
背中越しに、親しげに話しかける少年。
「……ここに来ているという噂は本当だったんだな」
セルフィレリカの受け答えは、自分に対するそれとほぼ同じだった。彼に真っ直ぐ向き直り、背筋を伸ばして凛然とした口調だ。
「聞いていなかったものだから、こんな格好で迎えてしまったことを詫びよう。すまない」
「構うことはないよ。どんなきみも等しく美しいのだから」
胸に手を当てて謝るセルフィレリカに、男は満足気に頷いてそんなことを口にした。
あー、これはどっかの貴族の息子だな、とスィルツォードは直感した。身なり、口調、そして歯の浮くような台詞。立派な三点セットだ。
「ちょっと待ってくれ」
スィルツォードは、目の前の男にある種の嫌悪感を抱かずにはいられなかった。初めの一節で、彼に対してよからぬ印象を持ったのだ。
「探しものって、もしかしてセルフィレリカのことか?」
「いきなりなんだ、きみは。ぼくは今、彼女と話をしているんだが」
「聞いたことに答えてくれ。どうなんだよ」
自分でも苛立ちを隠せていないのが分かった。突然現れては彼女を物のように扱う口ぶりにもそうだが、割って入られたところに半ば自分がいないものとして振る舞われたとあっては、頭にも少しは血が上るというものだ。
「人にものを訊ねる場合は、せめて先んじて名乗るくらいはしたらどうだ?」
そんなスィルツォードとは対照的に、冷ややかな口調で彼は言った。
「きみに興味はないが、名前くらいは聞いておいてあげよう。ぼくはファドール=ゼリア=クォートハーツだ」
「……スィルツォード=グレイネル」
こちらも幾分冷めた声で応じ、必要最低限の言葉だけを発する。
「で、答えは」
「きみには関係のないことだ」
ファドールと名乗ったその若者は、ぴしゃりと言った。それだけで、彼はセルフィレリカに向き直る。
「セルフィレリカ、こんな場所できみは何をしているんだ? 礼儀知らずの少年に連れ込まれて、何かされていたりしないだろうね」
ファドールの言葉に、眉が引きつるスィルツォード。もう我慢ならないと、ずいと踏み出て文句のひとつでもつけてやろうと思ったそのとき。

セルフィレリカの左手が、控えめに彼の背中をとんと叩いた。
はっとしたその一瞬で、彼が何か言葉を発するよりも先にセルフィレリカが進み出た。
「ファドール、わたしはわたしの意志でこの場にいる。彼は仕事を同じくする仲間の一人だ、そのようなことは断じてない」
毅然とした態度で答えるセルフィレリカに、ファドールは肩透かしを食らったようだった。しばらく目を見開いていたが、すぐにまたもとの笑顔に戻る。
「……なるほど、そうか。きみがそう言うのであれば、信じておこうじゃないか。きみは嘘をつくような人ではないからね」
少しばかり肩をすくめて、ファドールは笑みを浮かべたままそう言った。が、セルフィレリカは真顔のままで、少し声をひそめて付け足した。
「……そも、わたしがどこで何をしていたとしても、あなたの預かるところではないと思うが」
さっ、と彼の口元から笑いが消えた。互いを見つめ合う二人。相も変わらず蚊帳の外のスィルツォードだが、ファドールにとって思わぬ言葉が彼女から出たことには、心なしか少し気が晴れた。
「……きみの先は決まっているということを、ゆめゆめ忘れないでくれよ。この後は用があるから、今日はこのくらいで失礼するよ。元気な顔を見られてよかった……"気をつけて"」
そんな台詞とともに、マントをばさりと翻してファドールは去っていった。最後の五文字に、やや強めの抑揚をつけて。
セルフィレリカはその後ろ姿を、なんとも言いがたい表情でただ見ている。その視線は、彼が視界から完全に消えるまで動くことはなかった。

「……どうも、今日はキミにとって厄日かもしれないな」
ファドールが通り抜けていき、今は変わらず佇んでいる生け垣をなおも凝視しながら、表情ひとつ変えることなく彼女はそう呟く。その言葉に、スィルツォードは首を傾げた。
「オレに? セルフィレリカにとって、じゃないのか?」
大勢の人波に揉まれ、訳の分からない輩に絡まれ。その当事者は、どちらも自分ではなく彼女だ。明らかに彼女のほうが割を食っている。
「いや、わたしにとって酒場のあれはただの日常だ。ファドールのことは予想外だったが、たいしたことはない。それに比べるとキミのほうが忙しいだろう。人だかりに巻き込まれて、よく分からない男にも巻き込まれたのだからな」
「うーん……よく分かんないけどさ」
彼女の言うことが理解できないわけではないが、同意できるかというと微妙なところだった。あれを日常と呼べるとは、彼女は一体どれほど目まぐるしい毎日を送っているというのだろうか。
「隣にいたからよくわかるが、きっとキミはあの男をよく思わなかっただろう」
「まあ……いい気はしなかったな。あいつ、セルフィレリカのことを「探しもの」って言ってただろ。どこの貴族か知らないけど、どうもオレたちを同じ人間だと思ってないんじゃないか?」
「まさか、彼もそこまでは……」
「セルフィレリカの先がどうとかいうことも言ってたよな。いつかにあいつのところで働く約束でもさせられたのか?」
「……ん?」
そう問いかけてみたが、どうやら見当違いの質問だったらしく、セルフィレリカは目を瞬かせ、わずかに高い声で答えた。
「キミのほうも、何か勘違いをしているみたいだな」
「勘違いだって?」
思わず聞き返す。数瞬の沈黙が、風とともに裏庭を包む。

「――この際だ、話しておこうか」
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