Chapter 4-7
「あそこから抜け出せたこと、感謝します。ありがとうございます」

場所を変えて、酒場の裏手へとやってきたスィルツォードたち。そこで身体が見えるようになったセルフィレリカが、さっと頭を下げてシヴァルに礼を述べた。
木を隠すは森の中、されば人を隠すは人の中。なおもひしめいていた"親衛隊"の中に三人で突っ込み、どさくさ紛れに入口から脱出を果たした。そしてそのまま建物の壁伝いに隙間を縫って歩いたその先には、ちょっとした庭が広がっていた。ここへ続く道は狭く、色彩豊かな花壇に隠れるようにひっそりと伸びており、存在感のすべてが花々に奪われていた。酒場へと出入りする冒険者たちはみな花壇へと目を向けるばかりで、その奥に佇む小道には気が付かないようだった。そしてその例に漏れず、スィルツォードも今この時、初めてこの場所の存在を知ることとなった。表通りからは酒場の建物や、通りと敷地を隔てる外壁によって死角となっているのも、その理由のひとつだろう。
酒場の裏といえば、さぞ草が伸び放題の荒れ地なのだろうと思っていたが、長身の草たちはほどよく刈り取られ、点在して顔を出している花たちのコントラストがよく映えていた。人の手が加えられていることは明らかだ。
ふと、頭の中にはリーゼが思い浮かんだ。もしかすると、ここを整備しているのも彼女なのではないだろうか。ジョウロを片手に、機嫌よく水を与えている彼女が容易に想像できる。
(今度聞いてみるかな)
リーゼとも、一度じっくりと話をしてみたい。そんなことを思った。

「それにしても、ギルドのスターは大変だよね」
「からかうのはやめてもらえませんか……」
「めったにない機会だからね。楽しまずしてどうするというんだ」
どことなく楽しげなシヴァルと対照的に、セルフィレリカは気疲れした様子だ。無理もない。それなりの時間、身動きもままならないほどに取り囲まれれば、顔色変えずけろりとしているほうが難しいだろう。
「さて……もう少し君をからかって遊んでいたい気分だが、私はそろそろお暇しなければならない」
「あれ、用事か何かあるんですか?」
「そんなところだね。それじゃ二人とも、また。スィルツォードくん、今日は楽しい時間をありがとう」
残念そうに言ったシヴァルに訊ねると、彼はどこか誤魔化しを含んだ表情を見せた。が、どうやらスィルツォードは気付かない。
「いえ、こちらこそありがとうございました。よければ、今度はご飯を一緒に食べたいです」
「うん、覚えておこう。ではね」
その申し出に、シヴァルは頷いて裏庭を後にした。より正確には、その場からいなくなったと言うべきか――マントが翻ったかと思った次の瞬間には、忽然とその姿が消えていた。目を瞬いたときには、目の前で草花がただ揺れているだけだった。

「……あれさえなければな。根はいい人だと思うんだが」
隣ではセルフィレリカが、礼を言って後悔した、といったような微妙な表情で立っている。スィルツォードから見ても、シヴァル=ロードという人間はなんともつかみどころのない男だった。それでも、どうやら良好な関係が築けそうだということは素直に喜ぶべきなのだろう。
今一度、目の前に広がる風景に意識を移してみる。今は曇り空だが、晴れていればより風景になっていただろう。スィルツォードに絵心はないが、額縁に収めて玄関あたりに飾っていても、十分にその役割を果たしてくれそうだった。
「いいところだ。こんな場所があったんだな……」
「そうだろう。もうひとつの穴場、とでも言えばいいかな」
半ば無意識に呟くと、同意の声がかかった。彼女もまた、じっと庭の全景を見ているようだ。
一つ目の穴場といえば、酒場二階のラウンジであるが、下に比べれば、ということで、人がいつも少ないわけではない。対してこちらは、地面の土の感触からも、おそらく数えるほどしか人が足を踏み入れていないことが窺える。おそらくはどんな時間に訪れても、静寂が約束されているだろう。さすがに壁の向こう側から漏れ出す宴の騒ぎを封殺することはできないものの、教会や民家が隣接しているために遮音性が高い材質で造られているのか、ほとんどと言っていいほど気になることはない。ちょっとした椅子でも持ち込めば、日向ぼっこには最適の環境だ。疲れたときには、部屋でなくここでのんびりと空を眺めるのも悪くないかもしれない。
セルフィレリカも同じことを考えているのだろうか、それともこれまでにもうそうしているのだろうか。ちらと目を向けると、ちょうど視線がぶつかり合った。

「……そういえば」
言葉をかけるのを忘れていた、といった風に、セルフィレリカがおもむろに口を開いた。
「キミまで騒ぎに巻き込んでしまったな。すまない」
「いや、気にするなよ。オレは何もしちゃいないし……半分くらい野次馬してただけなんだ」
嘆息しつつ謝る彼女に、スィルツォードはほんの少しの罪悪感を覚える。
「それにしても、一体なんだったんだあれ。なんかえらい盛り上がりだったけど」
外の風に当たったことで人混みに紛れていた熱も引き、そうセルフィレリカに訊ねてみた。彼女の側はまだ落ち着けていないのか、ゆっくりと足を動かして辺りをうろうろしている。
「事情聴取なら、そこの中に候補が手に余るほどいるが……」
酒場の壁を一瞥する彼女。その中にいる人間の何割かは、まだその中心が空であることに気づいていないのだろう。
「仕方がないな。見苦しいところを見せただけというのも具合が悪いし、わたしの口から適当に話をさせてもらおう」
スィルツォードは「ああ」と頷き、次の言葉を待つ。
「……今朝、どこからか噂を聞きつけた者がいたようでな。わたしにそれを確かめようと、雪崩れ込んできたらしい」
「噂?」
「そうだ。実は――」

「――見つけたよ、ぼくの探しものを」

セルフィレリカがいざ、騒動の核心を話し始めようとしたそのとき。
澄ましたような男の声が、彼女の背後から聞こえた。
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