Chapter 4-5
ほんの数秒、彼は何かを考え込むような表情を見せた。どうやら少し躊躇しているようだった。
己の深くを、目の前の少年に話すか、話すまいか。
が、やがて彼は話すことを決めたらしかった。その口が、おもむろに開かれる。
「で、私はきっと、賢者になった方法が特殊だから、そこに入れられているんじゃないかな、と思っている」
「特殊……?」
「一般に賢者になるには、悟りの書と呼ばれるものを紐解くか、もしくは遊び人の道に進んで鍛錬を積むかをしなければなれないと言われている」
「それ、聞いたことがあります。そうしないと転職することができないんだ、って」
「ああ。だけど私はそのどちらでもなく、「気がついたら」賢者になれていた」
「気がついたら……?」
「自分でもなぜだか分からない。小さい頃から修練をしてきたけれど、悟りの書なんてものはどこにあるのかも知らなかったし……両親がどちらも賢者だったから、ぐらいしか説明をつけることができないが、そういう人は私以外にもいるだろうし……ね」
「うーん……」
元々職に就いていないスィルツォードは、この手の話に詳しくない。ゆえに、シヴァルの特殊な環境について思い当たることもまったくもってなかった。それでも、ただ一つだけ言えることがある。
「でもそれじゃ、本に載るのもしょうがないような気が……」
「そう思う人が多い。それが私の悩みでもある」
苦笑いを浮かべるシヴァル。今日の彼はこんな顔をすることが多い。
「優れた賢人として名を挙げられること自体は、とても光栄で喜ばしいことだと思う。だけど、私がその中に入っているのは私が優れているからではなく、特殊な事情を持っているからだとしか思えなくてね。私はそうして評価を受けるに足る力量を持っているのか、自分では疑問符をつけている。だからあまり居心地が良くない」
「なるほど……それで、納得できない形で自分が知られることになってしまったから、あの本があまり好きじゃないんですね」
「その通り。もう今は諦めているけどね」

ほんの少し、シヴァルが辺りを気にするように目を動かした。つられてちらりと周りを見ると、彼がいるということが物珍しいのか、こちらを窺うような素振りを見せる者が何人かいた。
「ギルドって、いろんな人がいるって聞いたんですけど、それでもやっぱり?」
「まあ、ある程度は仕方のないことだと思うけど、首を突っ込んでこられることは少ないね。過去にいろいろ抱えている人もたくさんいるのがギルドという場所だから、関わりの薄い者同士はあまり詮索をしないという、暗黙の了解のようなものがある。そういう意味ではここはまだ居心地がいいほうだね。だからここに来てからは、のんびり楽しく過ごしているよ」
幾分やわらかな笑みが、シヴァルに戻った。賢者というのは、みな飄々として顔色を変えず、冷静で話がやたらと難しい――そんな変な先入観を、スィルツォードはここで初めて捨て去ることができた。そうすると不思議なことに、目の前に座るこの男が、自分に少しだけ近くなったような感覚を得た。

「そういえば、シヴァルさんは五年前からセルフィレリカのことを知ってるんですよね。っていうことは、ギルドができたときからここにいるんですか?」
「ああ、言っていなかったかな。私もセルフィレリカも、ギルドが立ち上がったときからのメンバーだ。証拠になるかはわからないが、一応私のナンバーは一桁だよ」
「あの、もしよかったらカードを見せてもらっても……?」
「構わないよ。どうぞ」
懐から、シヴァルは金色のカードを取り出した。全体に施された小さな欠片が、シャンデリアと窓の外からの光を受けて眩しく輝いている。セルフィレリカの持つ銀のカードが月のような静かな光を湛えていれば、こちらはまさに太陽のように燦々とした光を放っているようにも見えた。流れるような字体でカードの肩に記された数字は"009"。彼の言葉に偽りはない。
「かっこいいなぁ……オレもがんばらないと……!」
ふと気がつけば、そんな言葉が口から漏れていた。下から二番目のランクに上がったばかりの自分にとって、途方もない高望みであることは百も承知だが、こうして目にしてしまった以上、憧れの意識に火が点くのも無理のないことだった。
「目標になれることはうれしいが、ひとつ覚えておいてほしいことがある」
「なんでしょうか?」
「私が君に言うのもどうかと思うが、ランクなんてものはあくまでもただの飾りだ。虚構の輝きに引きずられて、本当に自分が何をやりたいのかを見失うことがあってはならないし、その地位に目を眩ませて驕ることがあってもいけない。いいね」
「……はい」
背を正して、スィルツォードは真剣な眼差しで答えた。ここで仕事をしていくことを決めたときに、過去の自分に戻りたくないと願った。そして戻るまいと誓った。たとえこの先で成功しても、失敗しても、その思いだけは決して忘れまい。
これまでの己と決別し、新たな道を歩いていくのだ。そして――人生に投げかけられた問いと、残された謎の答えを見つけ出すのだ。
迷いのない返事に、シヴァルは満足気に頷いた。
「ところで、君は珍しいタイプの人間だね。お茶に来て、それを飲まずに話し続けるなんて」
「あっ……忘れてた!」
シヴァルが最後にカップを傾けて、中の液体を全て胃に収めてなお、スィルツォードのカップにはレモンティーがなみなみと残されていた。彼の話を聞くのに夢中で、すっかり忘れていたのだ。
つい一瞬前のきりっとした表情から一転、スィルツォードは慌てふためいてカップを持ち上げ、ぐいと一息に飲み干した。冷めて人肌程度になったレモンティーが喉を滑り落ち、仄かな香りが鼻に抜けていく。
「……君は面白いな。セルフィレリカが君に近づいた理由が、分かる気がするよ」
シヴァルがくつくつと静かに笑う。それにつられるように、スィルツォードの顔にも笑みがこぼれた。


そんな折だった。
階下が、にわかに騒ぎ立ったのは。
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