Chapter 4-4
「少しだけ、話は聞かせてもらったよ」
ギルドの二階、ラウンジ。本格的に目を覚ましたギルドの一階は、大勢の冒険者たちで埋め尽くされていた。二階でもまだ朝食をとっている者は多く、ここも大半のテーブルが埋められていた。それでも、その中で窓に近い席を確保できたのは運がよかった。すぐそばの開かれた窓から吹き込んでくる、気持ちのいいそよ風の恩恵に与れる位置で、二人はティータイムをとることになった。
スィルツォードはレモンティーを、シヴァルはブラックコーヒーを各々用意して、一口を啜った後の話し始めがシヴァルのその言葉であった。
(お茶に誘ったのにコーヒーを飲むのか)
という下らない突っ込みが一瞬だけスィルツォードの脳裏を巡ったのは、彼だけの秘密だ。
「ランクアップおめでとう、スィルツォードくん」
「あ、ありがとうございます。もう知ってるんですか」
「まあね」
突然祝われたことに面食らう。昨日の今日どころか、今朝の今朝、である。ルイーダと自分は二人で話をしていたはずだし、一体誰から聞いたのだろうか……と、シヴァルの情報の仕入れの早さに驚くスィルツォード。しかし、彼は言葉短くそう返して、澄ました顔でコーヒーを含むだけだった。
かたやスィルツォードは、どうにも落ち着かない。それもそのはず、自分から見れば雲の上にいるような人物とこうして卓を挟んでいるのだから。本にも載っている、世界の五指に入る賢者が目の前にいるというのは、まるで現実感のないことで。
「あの……シヴァルさんは、なんでオレと話をしようと思ったんですか?」
おずおずと訊ねるその問いは、ごく自然に浮かんでくるものだった。どう考えても不釣り合いなのである。彼を疑いたくなどはないが、少なくとも何らかの意図があって話しかけてきたと考えない方が、スィルツォードからすれば不自然というものだ。まさか、新入りのランクアップを祝うためだけに近づいてきたはずがない。
「んー、そうだね……」
草原でのやりとりのときと同じように少し言葉を詰まらせて、今度は、あのときの試すような問答ではなく、ゆっくり思案して答えるようだった。
「君は確か、セルフィレリカから声をかけられて、ここに加わることを決めたそうだね」
「そうですけど……」
「だとするととても興味深いんだ。彼女から誰かに話しかけたのは、私の知る限りでは君が初めてだから」
「えっ……!?」
シヴァルのその言葉に、スィルツォードは小さく驚きの声をあげる。
「そうだったんですか……?」
「ああ。繰り返すけど、あくまで私の知る限りでね」
「知らなかった……オレはてっきり、セルフィレリカがスカウト役みたいなことをやってるのかな、って思ってました」
例に漏れず、自分もそうして捕まえられたうちの一人なのだろうと、勝手に納得していたスィルツォード。
「まさか。確かに彼女はとても優秀で、剣の腕も抜群だ。人望は厚いし、ギルドとしてもその存在そのものが財産のようなものだし、彼女が目をつけた人物は信頼に十分足ると思うよ。でも、実際は彼女のほうから周りに目を向けることはほとんどない。人間関係においては、最低限の付き合いだけをして生きるような子だよ。五年も見ているとそれはよくわかる」
しかしシヴァルは彼女についてそう評した。それを聞いて、スィルツォードの中で新しく理解が生まれた。ゴルドアを殴ったのが噂として広まったことが、おそらくは彼女の興味を引いたのだと。クビになってもみるものだ。

スィルツォードがこくこくと頷くのを見て、シヴァルはもう一度コーヒーカップを持ち上げる。喉を一度動かして、それからスィルツォードの顔を見て問いかけた。
「それじゃあ逆に、私からも質問させてもらおう。私が君をお茶に誘った理由……君がそれを気にするのはなぜかな?」
「いや、だって……オレはただの新入りだし、シヴァルさんみたいなすごい人から話しかけられて、気にするなって方が無理ですよ。今も、なんかドキドキしてます」
胸に手を当てて、スィルツォードは答える。どちらかと言えば、高揚というよりは、何か自分が知らぬうちにまずいことをしでかしたのではないか、といった類の不安混じりの鼓動だ。
「おや、君は私のことを知っていたのかい?」
目を丸くさせて、彼はそう訊ねてきた。スィルツォードはそこで、初対面のときに自分が彼を知っていた事実を忘れていた、ということを思い出した。
「実は、ずっと前にシヴァルさんのことが書かれている本を読んだことがあったんです。初めて会ったときは、そのことをすっかり忘れてて……」
その記憶が、つい最近ゼノンに掘り起こされたことは黙っておく。
「ああ、なるほどね」
ほんの少し困った様子で、そう呟くシヴァル。
「君が読んだというのは、『世界の賢人』という本かな」
「あっ、はい。そうですけど……何かあるんですか?」
「いや……読んだ君に言うのも気が引けるが、私はあの本があまり好きではないんだ。自分が祭り上げられているような、そんな感じがしてね」
静かに話す彼の様子は、怒ったり哀しんだりという風ではない。が、少しばかりその優しげな表情に影を落としているかのように見えた。
「……でも、それだけの理由があったんじゃないですか?」
スィルツォードは問う。
「賢者って、そう簡単になれるものじゃないって聞いてます。シヴァルさんが若いから……とかじゃないんですか?」
「いや、多分理由は別にあるんだ」
シヴァルはそう答えた。そしてまた一口。カップのコーヒーが、少しずつ減っていく。
「私がこの歳でその一人に数えられていることは、別段驚くことでもないと思うよ。君も本を読んだのなら知っているんじゃないかな。私より若い人だっている、確か今年で25歳くらいじゃなかっただろうか」
「25歳……!? すみません、あまりはっきりと内容を覚えてなくて」
おぼろげな記憶なので、機会があればゼノンにちゃんと読ませてもらおう、とスィルツォードは思った。
「まあそうだろうね。私と会ったときに忘れていたと言うんだから、きっと本にはぱらぱらと目を通した程度なんだろう。私としてはむしろその方がありがたい」

一度会話を止めて、シヴァルはコーヒーカップを手に取った。しかし、口に運ぼうとして、それを止めた。ソーサーとカップがぶつかって、カチャリと無機質な音を立てた。
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