Chapter 4-3
「……おりゃ!!」

今日は雲が多めの空だった。東の空に覗く太陽も何度となくその白い影に隠れ、世界全体がその度に明るさを落とす。朝の日が昇ってまだそう経っていない時間であることも手伝い、外で動く分にはかなり過ごしやすい天気だ。
気合の入った短い叫びとともに突き出した腕を、少し間を置いて手前に引くと、その刃先が白い毛に覆われた体から引き抜かれた。あれほど苦労して探していた兎が、今日はこれでもう三匹目だった。

ルイーダと別れた後、スィルツォードは重さを引きずる身体を起こすために、街の外に単身繰り出した。といっても特に依頼を受けたわけでもなければ、そもそも遠出をするつもりもない。ただ身体を鈍らせないため、それだけの理由だった。
一日空いたとはいえ、身体は昨日のことをしっかりと覚えていた。何度も相対していくうちに、スィルツォードはこの一帯のモンスターたちの動きに何か癖のようなものがあることを、無意識のうちに掴みかけていた。そしてその感覚は、手に取る武器を剣から槍へ変えても崩れることはなかった。

――ガアアアア!!

不意に轟いた耳を震わせる啼き声の出所を探る。それは早くに見つかって、ちょうど目の前の草原から飛び出してきた大烏だった。奇襲に備えて、身構えるスィルツォード。しかし、まっすぐこちらに飛んでくることが分かっていれば、それを避けるのはわけもない。突っ込んでくる敵を引きつけておいてから、ひらりと身をかわしてその背中へ一突き。ほぼ体力を使うことなく、戦いが終わる。大烏を仕留めるのにも、いくらか心に余裕が生まれてきた。
仲間を倒されたことに激昂してか、やや離れた場所でその息を潜ませていたもう一羽の烏が高く舞い上がった。しかし、その後の動きは先の特攻と全く同じ。
「お前の攻撃は、もう受けねえぞ……っと!」
言うが早いか、右手の槍を烏目掛けて投げ付ける。真っ直ぐに飛んだそれはみごとに軌道に乗り、真正面からその鳥駆を貫いた。ひとつとなってエネルギーを失った槍と烏は、そのまま下の草むらへと落下する。
「おー、投げても使えるもんなんだな……」
さすがに放置するわけにいかないので、回収に向かう。この戦法は街ですれ違った兵士たちから盗み聞いたものだ。尖端は急所を捉えており、我ながら会心の一投だったとばかりに拳をぐっと握った。この槍は投擲用につくられたものではないが、それでもとっさにこうして使えるメリットはある。刃先を相手に向けたまま投げようと思えども、剣ではなかなかこうもいかず、やはり槍のほうに分がある。なるほどこれはこれで面白いと、スィルツォードは槍という武器にも楽しさを見出していた。

「それにしても、今日はウサギがよく出てくるな……」
まだアリアハンを出て数時間も経っていないながら、単身で既に三匹を倒していた。
「この前来てくれりゃよかったのに」
その独り言は、誰に聞かれるでもなく風に消える。もちろん、目の前で倒れた兎に届くはずもない。

「おや、朝から稽古かい」

不意に、人の声がすぐ後ろから聞こえた。気になって振り向くと、明るい青のマントがそよ風にはためいていた。その人物の顔は記憶に新しい。
「あっ、シヴァルさん。おはようございます」
「おはよう。精が出るね、スィルツォードくん」
「そんなんじゃないですよ、ただちょっと体を動かそうと思っただけで」
普段からこんなことはしていませんよと、スィルツォードは首を振った。
「……ところで、なんでこんなところにシヴァルさんが?」
「さて、どうだろう」
最も自然な疑問を、目の前の賢人にぶつける。すると彼はそれを待っていたという風にそう言った後、意味深な質問を投げ返してきた。
「そうだね……君を探していたんだ……と言ったところで、君は信じるかな」
「まさか。オレ、シヴァルさんに探されるようなことしてないですよ」
それはないだろう、ともう一度首を振る。確証はないが、彼はそうだと判断した根拠も持っていた。
「それに、オレを本当に探してここに来たんなら稽古か、なんて聞かないんじゃないですか?」
「いいね、冴えている」
その短い言葉が、スィルツォードの答えが正解であるということを暗に示す。シヴァルはにこりと微笑みながら、自分が偶然ここに来たことを告げた。
「まあ私にも、自分の時間は必要だということだよ。今日はたまたま、外の風を浴びたくなってね。雨が降らない程度の曇り空で、日も隠れやすい。歩きまわるにはちょうどいい」
「……はあ」
「信じてくれないか。前科があるし当たり前か」
「いや、なんて言うか……」
腑に落ちない表情だ。が、本人が偶然だと言っているからそうなのだろう、嘘ではないと思いたい。スィルツォードにしてみれば、仮にシヴァルの言葉が嘘だったとして、わざわざそんなことをしてまで自分と接触する理由がよく分からないのだ。引っかかるところはあるが、彼はまあいいや、と頭の中でひとり議論を打ち切った。
「ところで、君は運動を始めてもうどのくらい経つのかな」
「時計がないからはっきりは分かりませんけど、多分二時間もやってないくらいじゃないかなって思います」
「まだしばらく続けるつもり?」
「いや……そろそろ切り上げようかな、って思ってますけど」
そろそろ身体も軽くなった頃だった。これ以上続けていると、今度は疲れでまた重くなってくるだろう。槍の楽しさがやっと分かってきたが、特に急ぐものでもない。時間をかけて、ゆっくり自分のペースでやっていけばいい。他の武器もたくさんあることだし、しばらく退屈することはなさそうなのだから。
頃合いかと見て、スィルツォードはそう答えた。するとシヴァルも都合がいいらしく、「それはちょうどよかった」と、アリアハンの方角を向きながらこう言った。
「それなら、これから戻ってお茶でもどうだい?」
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