Chapter 4-2
「ランクアップ……ですか……!?」
半ば夢心地のような声で、スィルツォードは目の前でひらひらと舞うカードを見つめた。
「そう。アンタにとって初めてのランクアップ。アリアハンギルドのメンバーとして、やっとスタートラインに立ったんだよ」
しばらく経って、置かれた状況を理解する。なるほど、自分のランクが上がった。それはすなわち、ギルドにひとつ認めを受けたということで。
これまでの仕事を、スィルツォードはぼんやりと思い返した。何をやっても長続きせず、職を失ってきた日々。直前の仕事など、一日すらも保たなかったことは記憶に新しい。もちろん彼自身に原因の多くがあったことは言うまでもないが、こうしてはっきりと分かる形で自分が認められたことが、これまでにあったことだろうか。ギルドへの所属からまだ数日ではあるが、それでも目に見えてひとつの成果が得られたことは、彼にとっては他の人々よりも遥かに大きな意味を持った。
「ほら、さっさと受け取ってくれないかねえ。あたしだって若くないんだ、いつまでも腕を上げていたら、明日には使い物にならなくなっちまうよ」
ルイーダが急かすようにカードを踊らせる。ふわりと一瞬の風を顔に感じて、スィルツォードは回想から引き戻された。すみません、と小さく謝って、しっかりと両の手で、黄色のそれの端をつかむ。
「…………!!」
そっと、カードの持ち主が入れ替わる。感嘆に声も忘れて、さっと目の上に掲げてみれば、ランプの灯りがぼんやりとカードの表面を照らし出す。まじまじと見つめるその瞳に、"272"という数字が映った。そう、紛れもなくこれは、自分であることの証明だった。
「そこまで目を輝かせられると、渡した甲斐があるってもんだね」
「はい、嬉しいです。これもティマが手助けをしてくれたおかげだと思います」
感謝の言葉を、ここにはいない功労者に向けて口にするスィルツォード。
「でも、これだけ人がいたらランクが上がることってよくあるんでしょう?」
「そう思うだろう?でもその数字から1を引いた数だけ、先輩がいるとは思わないほうがいいよ」
「……どういう意味ですか?」
持って回ったような言い方をするルイーダに、スィルツォードは訊ねる。するときまりの悪そうに苦笑いするルイーダ。彼女にとって、それはあまりいい話ではない。
「あー……だからね、興味本位でメンバーになるのがけっこういるもんなんだ、って話だよ。おかげでメンバーの半分ほどはホワイト」
「えっ、そうなんですか……?」
「最初のクエストで挫折するもんが多いってことさね。アンタのクエストクリアは例外的な早さだったから、あっという間に感じるのも無理はないけど」
これだけ短期間でランクが上がったものだから、メンバーの九分九厘は高いランクにいるとばかり思い込んでいたスィルツォード。しかしこの話を聞くと、早くも全体の半分ほどの場所に届いたのかと、自然とにやけが出てしまう。
「だけど、道のりはまだまだだからね。それに今言った通り、しっかり働いてる人は数ほどいないんだ。これに満足せずに、もっと上を目指してもらわないと困るよ」
「はっ、はい」
心を読まれたか、ルイーダにそう釘を刺されて背筋が伸びた。
「まあ、ランクが上がっても基本的にやることは変わらないから、安心しておくれ。そのあたりはあの子が説明してくれたんだろう?」
「はい、ひととおりは聞いてます」
初日にセルフィレリカから教えられたことを反芻しながら、スィルツォードは答えた。
「どんどんランクが上がるように、オレ、頑張ります! これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそね。自分のペースでがんばっとくれ」
「はいっ!!」
スィルツォードはもう天にも昇る心地だったが、改めて決意の宣言をすると俄然やる気が再充填され、眼に炎が宿った。そうして、新しいカードを握りしめながらカウンターを離れる。
その様子を、階段の陰からこっそり見る者がいた。

「先に作っておいて正解だったね、ルイーダさん♪」

彼がその場を去るや、ひょこっと顔を出して、入れ替わりに立ったのはティマリールだった。またもや予想を外れた人物に、ルイーダはもう少し仕事を延ばすことを決めたようで。
「おや、アンタも起きたのかい。元気なもんだねえ、昨日も動き回ってたって聞いてるよ」
「いやいや、元気でいることはボクのアイデンティティだからねー。動かなくなってたら心配してよね!」
「相変わらずだねえ。まあその様子なら心配はいらないね」
先の依頼はティマリールにとっても、なかなかに酷なものであったはず。内心では彼女についても気にかけていたルイーダは、ひとつ肩の荷が下りたような顔になった。
ティマリールはといえば、自分の計画がどうやら成功を見たことに満足しているらしかった。スィルツォードが一角ウサギの依頼を受ける日の前夜、彼が部屋へと戻ってからカウンターへ出てきた彼女は、ルイーダとある密約を取り付けていたのだ。スィルツォードは必ず次の依頼を完遂するから、先にランクアップのカードを作っておいてほしい、と。
その行為自体に、はっきりとした意味があるわけではなかった。スィルツォードが無事にランクアップできるように彼をしっかりサポートする、というひとつの役割を、自分自身に与えたのだ。その後、一仕事終えた彼女は安心感からつい眠りすぎてしまったわけだが。
「それにしてもスィル、やけに喜んでるように見えたね。なんだかボクまで嬉しくなってきちゃうよ」
「アンタはいいのかい。もうあの子と同じランクだってこと、忘れちゃいないだろうね」
「そりゃーボクだってがんばるよ。でも、スィルには恩返しがしたかったからさ……ボクにお礼を言ってくれたのも聞こえたし、ちょっとはその役に立てたのかな、って思うと、ね」
そう語る彼女の表情は、確かに喜びの色が見え隠れしていた。「あっ、スィルにはナイショね!」と、人差し指を口に当てるティマリールに、ルイーダも野暮なことをするつもりはないと頷く。
「そうかい。それじゃアンタの次のカードも、先に作っておこうかねえ」
「ぜひぜひー! 忘れた頃に取りに来るからねっ!」
「ああ、それなら忘れっぱなしになるねえ……作るだけ作って、サンプルとして壁にでも飾っとくとしようかね」
「ちょっと、ひどいよっ!!」

そんな会話が直後に交わされていたことを、スィルツォードは知らない。
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