Chapter 4-1
アリアハンギルド――世界最大の国の玄関口にして、出会いと別れを求める酒場にその居を構える、夢を追い求めし冒険者たちの集う場所。
その歴史を始まりから見てきた酒場の壁や床には、細かな無数の傷が散りばめられていた。多くはくだらない諍いに飛び火を受けてのものだが、中にはギルドとともに年を重ねてきた雰囲気をまとう傷や染みもある。王城や教会に比べればその歴史ははるかに浅いが、この場所が生まれて早五年。少なくともアリアハンの市街に住まう者たちにとって、このギルドの存在はもはや日常に溶け込みつつあった。
そんなギルドの夜は遅く、朝は早い。もちろんここに籍を置く者の皆が皆、朝陽よりも先に起き、宵闇より後に眠るわけではない。満月が傾き落ちる頃にもなれば、さしもの酒場も静まり返る。それでも、その頃になって戻るなり、突っ伏していびきをかき始める帰り人もいれば、自分は夜行性なんだと言わんばかりに、闇夜に紛れて外へと出る者もいる。そんな具合で、ギルドが完全に眠りにつくことはない。数時間ほどの休息を経て、また賑やかな一日が始まっていく。その繰り返しである。
そうして、今日も今日とて夜が明ける。非日常に生きる人の集合が作り上げた、変わらない日常が始まる――。



「おはようございます、ルイーダさん!」

元気よく挨拶を飛ばした顔を見て、カウンター越しに目をぱちくりさせるルイーダ。時刻は朝の六時半。そろそろギルドの目が覚めだす頃で、それまで何人かの依頼の受注をしていた彼女は、突然声を奪われたかのように無言で目の前にいる少年を見つめた。
「……もしもし?」
ぽかんとしているルイーダに、スィルツォードは呼びかける。それを聞いて、彼女の声も仕事を始めた。
「……ああ、おはようさん、スィルツォード。もう体はいいのかい?」
「はい! 二時間くらい寝たら、不思議と疲れが吹き飛びました。まだ少しだけ体が重い気がするんですけど、たぶん動いてたら気にならなくなると思います」
「二時間?……ふふっ」
明るく答えながら、肩をぐるぐると回すその様子を見て、ルイーダは何かを察したか、小さく吹き出して口元を覆った。
「あれ、何かおかしなこと言いましたっけ?」
先ほどのルイーダと同じような、いかにも不思議そうな顔をして首を傾げるスィルツォード。なるほど、これでいよいよ予想が確信に変わった。ルイーダは手に持っていた紙をそっと脇へ置き、肘をテーブルに預けて頬杖をついた。
そして、反対の手で目の前にいる何も知らない少年の鼻先を指差し、真実を告げる。

「アンタが眠りこけてたのは二時間じゃなくて、二十六時間だよ」
「……えっ?」
「何度も言わせなさんな。よほど疲れてたんだろうねえ、昨日顔を見なかったのはそういうことだったんだね。身体が重いのは寝過ぎたせいじゃないかい」
「ええっ……!?」
信じられないという顔で、振り返る。しかし振り向いた先の壁には時を告げる針があるのみ。これでは時間は分かっても、今日の日付までは分からない。
スィルツォードが起きた時間もタイミングが悪かった。この時間、一階には人がそれなりに集まり始めているものの、二階にはまだ人は少なく、彼の見知った者も見当たらなかったことが不運だった。一日が消し飛んだことに気付かぬまま、彼はここまでやってきてしまったということだ。
「オレ、ほんとに一日以上寝てたんですか……!?」
「さすがに二日、ってことはないと思うけどねえ。いくらあたしが忙しかろうと、そこまで一日を短く感じちゃいないつもりだよ」
そう言ってやると、今度はさっと血の気が引いたようになり、慌てた風に手をばたばたと動かし始めた。
(からかうのが楽しい子だねえ……)
ルイーダがそう思って見ていると。
「すいませんでした!」
カウンターにぶつけようかという勢いで、スィルツォードは頭を下げた。
「どうしたんだい。赤くなったり青くなったり忙しいね」
「いや、だって昨日……じゃなかった、一昨日……? あれ、昨日か……とにかく依頼が終わった後に、ルイーダさん言ってたじゃないですか。話があるけど明日でいい、みたいなことを……」
まごつきながら答えるスィルツォードに、ルイーダはああ、と軽く手を打った。
「そういえばそんなことを言ったね。あの様子でよく憶えてたねえ……。いや、別に急ぎの用ってわけじゃなかったんだよ。ただ、アンタの都合がいいときだったらいつでもいい用件でね」
「そうだったんですか、それはよかった」
ほっとした様子で息をつくスィルツォード。そうすると、その用件とやらは今聞いておけばいいだろう。
「それじゃ、今聞いてもいいですか?」
「ん、ちょいと待っとくれ。えーと……」
どうやら時間のかかることではないらしい。ルイーダがすぐに下を漁り始めた様子から、彼はそう予想した。

そしてその通り、ほどなくして「これだよ」と、頭を上げたルイーダ。彼女が手に持っていたのは、手のひらに載る程度の大きさを持った黄色いカードだった。
「あれ、これは……」
スィルツォードは見覚えがあった。つい最近見たものだ。記憶の引き出しを探るまでもない。そう、これは確か――。
「ティマリールが、持っていたような……」
「ほう、見せてもらっていたのかい。それじゃ話が早いね」
ルイーダは笑顔で、そのカードを彼の前に差し出す。そこで初めて、"Yellow"の文字がカードに刻まれているのが見えた。ということは、これはつまり。
「おめでとう、スィルツォード。ランクアップだよ」
スィルツォードが理解するより寸分早く、ルイーダが祝福の言葉を投げかけた。
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