Chapter 3-12
ばっ、と、半ば反射的に振り返った二人の目には、酒場の壁に寄りかかり、腕を組みながらこちらを見つめ返すセルフィレリカの姿が映った。
その表情は、やや険しげで硬い。ともすれば、やや怒っているようにも見えるくらいだ。彼女が今、あまりいい感情をもって話しかけてきてはいないということは、スィルツォードにも感じて取れた。
「セルフィレリカ! どうしたんだ?」
やや困惑の色を隠しながら、スィルツォードは話しかける。すると、彼女はスィルツォードの呼びかけがまるで聞こえていなかったかのように、眉ひとつ動かさず、変わらない口調で言った。

「ティマリール、説明してほしい。キミは何を考えている?」
「何、って……ボクはスィルと一緒に、クエストを受けただけだけど」
「だからその意図を訊いているんだ。スィルツォードはまだ駆け出しなんだぞ」

これにむっときたのはスィルツォードだ。ギルドに入る前と入ってから、色々と彼女に世話になっているとはわかっていても、一人立ちできない子供だと暗に言われては心持ちが悪い。

「セルフィレリカ、オレだって自分の力量はわかってるつもりだよ。だから簡単な依頼から、コツコツやっていこうとしてるんじゃないか」
「ああ、きっとそうだろう。だが、キミは少し見通しが甘い。受けた依頼はどんなものだ?」
「一角ウサギ十匹をやっつけて、角を二本持って帰ってくることだけど」

それを聞いて、セルフィレリカはため息をついた。二人に聞こえない程度の声で、「……ルイーダさんも人が悪い」と小さく呟く。
少しの間、会話が止まる。彼女の質問の意図がよく分からないスィルツォードとティマリールは、その沈黙の間にも足を動かすことなく立っていた。やがて、セルフィレリカが口を開く。

「……北西の草原まで、何もなしで行けると思ってはいないだろうな?」
「敵に襲われることだってあるんだろ、それくらい分かってるさ」
「草原に着いても、一角ウサギだけがいると思っているのか?」
「他のモンスターだっているんでしょ。だからボクが一緒に……」
「なら聞きたいんだが」
二人の反論を遮って、セルフィレリカはもたれかかっていた壁から身を起こして言った。スィルツォード、ティマリールそれぞれに順に目を向けて、問いを投げる。

「キミたちのどちらかが、回復呪文を覚えているのか?」

そこまで言われて、二人は閉口した。
いろいろと考えていたつもりでいたが、それでも足りなかったことをようやく知った。
スィルツォードは胸元をぎゅっと握った。服の裏には、ダンケールからもらった薬草を五、六個ほど忍ばせてある。しかし、それではきっと足りないのだろう。
薬草ならあるから大丈夫だ、とはとても言えなかった。
ちらりと隣を見てみると、どうやらティマリールも同じらしく、元気印の顔が活発さを失ってうなだれていた。
「スィルツォード、意気込む気持ちはわかるが、もう少しいろいろなことを落ち着いて考えた方がいい」
「そうだな、ごめん」
冷静になれと諭すように、セルフィレリカは静かな口調で言う。そんな彼女の言葉に頭を冷やされたのか、スィルツォードは素直に謝った。
「分かってもらえたらいいんだ。わたしもいつか、同じ道を通ってきたことだしな。そのときにも、同じように声をかけられたものだ」

昔の自分を思い出すように、遠くを見つめるセルフィレリカ。それに対して、ティマリールがおずおずと申し出た。
「あのさ、それじゃクーちゃんもいっしょに来てくれると心強いんだけど……」
しかし、その返事として、セルフィレリカは首を横に振った。
「すまないが、わたしには少し外すことのできない用があるんだ。だから、今日はキミたちについて行くことはできない。そのかわり、これを」

いつの間にどこから取り出したのか、液体の入った小瓶をティマリールに、薬草の束と二枚の羽をスィルツォードに手渡した。
「アモールの水と薬草、帰り用のキメラの翼だ。わたしがキミたちの腕を見たところ、無用な戦いを続けない限りは、二人だけでもそれだけあればもつはずだ」
「……ありがとう、セルフィレリカ」
「余計なお節介だったかな。きちんと依頼を達成できるよう願っているよ」

渡された物資を、二人は大事にしまい込む。セルフィレリカのほうも、用事の時間が来たのか、酒場へのドアに手をかける。「ちょっと待って!」と、スィルツォードは呼び止めた。聞きたいことがあったのだ。言葉の通り、ぴたりと彼女の足が止まり、振り返る。
「最後にひとつ、いいか?」
「わたしに答えられることなら、なんでも」
「こっちからはああだこうだ言わない、って最初に言ってたよな。なのにこうやって忠告と手助けをしてくれたのは、なんでなんだ?」

そう、確かに彼女はそう言った。スィルツォードもそれを受け入れたのだ。たまたま見かけたとしても、声をかけられずに悪い結果を招いたとしても文句を言うことはできなかった。
セルフィレリカがふっ、と小さく息を吐く。その口角が、今日初めて少しだけ上がったように見えた。
「そうだな……理由はふたつあるんだが、片方だけ」
くるりと背を向け、背中越しに彼女は答えた。

「キミたちと、「役目」だけの関係を築くのはよく思わなかった、というところかな」

そのまま、彼女は酒場の奥に引っ込んだ。
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