Chapter 3-11
「おはようございます、ルイーダさん」
「……あれ、スィルツォードじゃないか。おはようさん」

カウンターでは、次から次へとやってくる冒険者たちを相手にルイーダが忙しなく仕事をこなしていた……と思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。カウンターの周りはそれなりの混み具合だったが、応対しているのはルイーダではなく別の女性だった。
当の本人はというと、その傍らで何やら帳簿のような何かををめくっている。ちょうど階段を下りたそばから見える位置にいたので、彼女がふと顔を上げた途端に目が合った。
にこり、と柔らかい笑みを浮かべて、ルイーダは手元の冊子を閉じてカウンターの中から出てきた。

「もうじきお天道さんは真上って時間だけど、ずいぶん寝坊助だねぇ?」
「いやいや、オレじゃないですよ」
首を振るスィルツォードの後ろで、「あ、あはは……」と決まりの悪そうに頭を掻くティマリール。それを見て、「あぁ、なるほど」とルイーダもすんなり納得したようだ。
「ひどい! 謎が解けたみたいな顔しないでよっ!」
「解けたも何も、謎ですらないじゃないか。アンタの存在そのものが答えみたいなもんだよ」
「うぅ……」
不満気に頬を膨らませるティマリールだが、事実を言い当てられているからか、言い返せない様子だ。
「次はもうちょっと難しい問題を用意しておくれ。暇つぶしにもなりゃしない」
「忙しそうですけど……ルイーダさん、案外暇なんですか」
「やだねえ、アンタの方には冗談が通じないのかい。言葉の綾ってもんだよ、本音を言えば猫の手も借りたいくらいさ。もう借りてるけどね」
ちらっと、カウンターで応対に追われる女性たちに目を向けるルイーダ。二人も自然とその視線を追いかける。黒を基調とした服の上に、白く長めのエプロンをつけている彼女らは、テーブルにビールを運ぶのがお似合いだ。本職はきっとそちらなのだろう。

「ところで、あたしに何か用でもあったのかい?」
「そうですね、何かクエストを受けてみようと思ったんですけど……」
本題に入ろうと一度視線を戻し、それからちらりと依頼が掲示されたボードに目をやるスィルツォード。しかしあまりに数が多すぎて、彼にはどれがいいのやら皆目見当がつかない。それを十二分に理解しているルイーダは、ちょっとした助け舟を出してくれた。
「そうさね、アンタはホワイトだから……ああ、ティマリールも一緒なんだね。だったら……えぇと……」

もう一度カウンターの中に引っ込み、ごそごそと何かを探りはじめたルイーダに、二人は顔を見合わせる。が、彼女はすぐに顔を出して、十数枚の紙切れを机上に置いた。
「アンタたちが受けられるクエストの中で、よさげなものを抜いてみた。この中から選ぶといいよ」
「依頼って、そっちにもあったんですか……てっきりあっちに出てるもので全部だと……」
「まさか。一応それなりに賑わってるギルドなんだ、来てる依頼が張り出してあるだけでおしまい、なんてことはないさ」

張り出してある「だけ」で、と言われたものの、ボードに群がる冒険者の数を見ていると、少し目眩がしてきそうな状況だ。そもそも、ボードの地も見えないほどに壁は張り紙で埋め尽くされているではないか。あれでは依頼の品定めだけで日が暮れてしまいそうだ。
しかし、今は選択の対象はカウンターの上に散らばった紙切れだ。
「んー……これかなぁ。いや、待てよ……」
(ボクもやったなぁ……迷っちゃうよね、やっぱ)
眉間に皺を寄せて、スィルツォードがぶつぶつと呟きながら紙切れたちと睨めっこをしている様子を、ティマリールは後ろから楽しげに見つめていた。いろいろと見て回ること数分、彼はようやく腹を決めたらしく、ひとつの紙切れを手に取ってティマリールに意見を求めた。
「……これなんてどうだろう。討伐と採取、両方の依頼がひとつになってる。慣れるにはちょうどいいと思ったんだけど」
「んー、どれどれ?」

ルイーダが用意したうちの一枚をつまみ上げたスィルツォードの脇から、それを覗き込むティマリール。そこには、かすれかけのインクでやや乱雑に、こんな走り書きがされていた。

『依頼内容:草原に繁殖した一角ウサギ10匹の討伐、および角2本の納品
 報酬:500ゴールド』

ぴくり、とルイーダの眉が動く。
「ほう、なかなかいい勘をしてるじゃないか。この依頼には珍しく期限がないようだから、まずそうなら無理せず戻ることもできるんだ。めったにないよ、こんなお誂え向きのクエストは」
「……ふむふむ、これならボクもいけると思うけど。どーする、スィル?」
二人から好感触の返事が得られたことで、スィルツォードの決意も一気に固まった。
「……はい、この依頼を受けようと思います」
「……ん、了解」
気勢のいい返事を聞いたルイーダは、その紙の隅にぽん、と判を押した。
「依頼主が言うには、北西の草原に一角ウサギが沸きすぎてるらしいから、そいつを少し減らしてくれとのことだね。しっかりやるんだよ!」
簡単に説明をした後、ルイーダは激励の言葉を投げかけた。それは新たな冒険者にしっかりと届いた。スィルツォードにとって、この上ない餞別だ。
「……がんばります!」
「いってくるね!」
スィルツォードは頭を下げて、ティマリールはひらひらと手を振って出発の挨拶をすると、人波をかき分け、酒場の外への道を求めた。二人が波に消えるまで視線を送ったあと、カウンターに残ったルイーダはふうと長い息を吐いて、ぼやくように呟いた。

「もう少し、人を疑ってもいいような気がするけどねぇ……」

机の上に残った紙を集めて、元の場所にしまい込んだ。
ティマリールの反応が作り物だということには、すぐに気がついた。が、まっすぐなスィルツォードの頭の中では、そんな可能性は微塵も考えられていないに違いない。少し意地が悪いような気はしたが、鉄は熱いうちに打たねばならない。
選べる中で一番の外れクジを引かされたことに、彼はいつごろ気がつくだろうか。
それとも――。


そんなルイーダの憂いは露知らず。スィルツォードたちは色鮮やかな花壇のそばで、胸を躍らせていた。
ほんの少しの風が吹いていて、頬や腕を撫でていく感触がほどよく心地いい。空にはところどころ雲が流れているが、雨の降りそうな気配はまるでなく、普通に出かけるには絶好の天気だ。もっとも、彼らはこれから小さな冒険をしに行くのであるが。
「さて、それじゃー、北西の草原に出発進行ー!」
「おう!」
拳を天に突き上げて、未知への一歩を踏み出そうとした、その時。

「……キミたちだけでか?」

背中から、聞き覚えのある、しかし記憶になく鋭く冷たげな声が飛んできた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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