Chapter 3-10
予想外の展開に、スィルツォードの心臓は早鐘を打っていた。
言葉も動きも忘れて、彼はただ口をぱくぱくと動かすだけ。引っ張り込んだティマリール本人はといえば、慌てふためいた様子で部屋を右往左往。それをぼうっと見ていると、思考力が戻ってきたようで。
(いやいやいや……まずいだろこれ)
自分とそう変わらない歳の少女が一人住まう部屋に、不可抗力とはいえ入ってしまった。それだけならまだしも、この先どうするか考えるとますます具合が悪い。ティマリールは今しがた目を覚ましたところだ。とすると、男の自分がここにいる状況で、一体全体どうやって服を着替えようというのか。
「なぁ、ティマ」
「なに?」
「オレを部屋に入れたら、ティマはどうやって準備をするって言うんだ?」
「あー……」
どうやら彼女もそれが理解できる程度までは落ち着きを取り戻していたらしい。うろうろしていた足を止めて、寝間着姿のティマリールは苦笑いしながら頭を掻いた。
「そだね……じゃあボクが着替えるときだけ、後ろ向いててくれたらそれでいいよ」
「いや、それは――」

言いかけて口を噤んだ。ちょっと困った様子のティマリール。
(あぁ、なるほど。寝過ごした自分に非があるから、素直に「悪いけど出てくれ」と言えないんだろうな。一回中に入れちゃってるし)
そう察し、首を振って答えた。
「……いや、着替える間は外に出てるよ。ゆっくり準備した方がいいだろうし、オレがいちゃいろいろ都合が悪いだろ」
「でも……」
「いいから。悪いと思うなら、きちっと着替えてからもう一度部屋に入れてくれ。オレもその方がいいし……」
これはさっさと動いた方が話が早いだろうと、ティマリールの返事を待つ前に部屋の外に出てドアを閉めた。

「お待たせ、入っていいよー」
「わかった」
待つこと数分、存外早くに声がかかり、スィルツォードは少し心配気ながらもドアの取っ手に手をかけ、引いた。それは杞憂だったようで、ドアの向こうにはしっかりと支度を済ませたティマリールの姿があった。
「いやー、ゴメンね。寝起きで頭が働かなくって……」
「びっくりしたぞ、ほんと。いきなり引っ張り込まれて着替えようとするんだからな」
「や、その……ほら、準備してる間、長々とボクの部屋の前で待たせてたらスィルが変な誤解されるかなって……」
「連れ込まれる方が誤解を招くと思うんだけど」
「だよね……なんか混乱しちゃってて」

気恥ずかしさからか、ほんの少し赤くなった頬。今日のティマリールは苦笑いが多い。
「にしても寝過ごしちゃうなんてね……ボクのほうから誘っておいて……」
「気にするなって。変なことに巻き込まれてなくて安心したよ」
「変なことって何さー」
「いや、最初の出会いがインパクト強すぎて……あれじゃ心配にもなるってもんだよ」
「あはは、あれはね……でも、ボクだって普段からあんなことに巻き込まれてばっかりってわけじゃないよー」

彼女との最初の顔合わせは、それはそれは衝撃的なものだった。普通の少女は荒くれどもに囲まれたりはしないだろう。気付かれないように服の下で青くなっているであろう、あの時殴られた箇所にそっと手を触れると鈍い痛みが返って来たが、それは黙っておいた。

「……っていうか、ティマって武闘家だったのか」
そんなことよりも、スィルツォードにとって気になったのはそちらだった。
彼女の格好は、非常に動きやすそうな軽装だ。武器は鋭い鉤手甲、防具は見たところ胸当てだけ。
「そうだよ。何だと思ってた?」
「いや……言っちゃ悪いけど、てっきり遊び人か何かかと」
「ひどいなー。遊び人はあんなに逃げ足素早くないってば」
「それもそうか。武闘家が一緒なら心強いな!」
「そう言うスィルは職業なに? 剣持ってるみたいだけど」
「オレ? よくわからないんだ。冒険者職としては無職かな」
「えっ? 戦士じゃなかったんだ」
「戦士も何も、剣持ったのも一昨日が最初だしな」
「……それ、ホントに?」
信じられない、といった面持ちで、ティマリールはスィルツォードの全身をまじまじと見た。だが言われてみれば、確かに戦い慣れはしていなさそうだ。彼女自身も熟達しているわけではないが、少なくとも戦いに関してどちらが素人かと言われればそれは明らかに思われた。
「まあ、そんなに難しいのを受けるつもりはないし、この辺のモンスターはたいして強くもないから、心配はいらないよね!」
「油断はしないつもりだけどな。足を引っ張らないように頑張るよ」

予定より一時間半ほど時計が進んでいる。これ以上時間を無駄にすることもないと、二人は部屋を出て、まっすぐルイーダのカウンターへと向かった。
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