Chapter 3-8
「んー……」

小さな呻き声。それはぼんやりと夢現を揺蕩う意識が、光の方へと浮かんでいくしるし。まだ閉じている両の瞼を通して、スィルツォードは今日も今日とて昇り始めた太陽の光がうっすらと射し込んでくるのを感じた。
ゆっくりと目を開けると、少し眩しいほどの暖かさが部屋に満ちていた。部屋の窓は、取り付けられたその位置が実によろしいようで、一日の始まりとともに眠りから醒ましてくれるよう東向きになっていた。
飽きっぽくても時間にはきっちりしているスィルツォード。初めての約束だから決して遅れるわけにはいかないと、昨晩早めに床に就いたことも効いているかもしれない。ペッドから起き上がり、ひとつ大きく伸びをしただけで不思議なことに微睡みの気配は吹き飛んでしまった。
「時間は……うん、大丈夫だな」
ベッドの頭に置いていた時計をチェック。短針は7と8の間を指している。これから依頼を受け、街の外に飛び出す。その身支度を整えるにしても、十分すぎるほどの時間だ。

スィルツォードは心躍っていた。なんといっても、初めて自分たちで、誰かの手ほどきを受けることなく、依頼を受けて街の外に飛び出していくのだ。17歳とはいっても、彼も強い好奇心の持ち主だ。幼い少年のように頬が緩むのも無理はない。
活き活きとしたその視線は、部屋の隅に置かれた大きな袋に向いていた。昨日、その中身一つ一つを手に取り、魔物たちを退けたことを思い出す。そう、袋にはたくさんの武器が入っている。昨夜にダンケールが、わざわざ部屋まで届けてくれたのだ。

ごそごそと袋を漁り、これだ!と手に取ったのは細身の剣。昨日のテストで初めて握った、冒険者を名乗るための武器だ。
「最初は剣からかな……よっ、と!」
部屋の中だとはお構いなしに、それらしい手つきで剣を振るう。一人で寝るには少し広いかと思った部屋も、こうして大きく動くぶんにはちょうどいい。いや、むしろ少し手狭かもしれない。あれこれと物を持ち込まなかったことが幸いして、何か大事なものを叩き斬ってしまうということはないものの。

「……やっぱり外で振るほうが気持ちいいだろうな」
ひとしきり素振りを終えたところで、柄を眺めてスィルツォードは呟いた。昂った心も少しは落ち着きを取り戻すと、起きてから何も口にしていないことをようやく脳が理解したらしく、空腹と喉の渇きが同時にやってきた。食べ過ぎても身体が動かないが、何かしら口に入れておかないことには始まらないだろう。腹が減っては戦はできぬ、それを報せるシグナルだとばかりに、彼の腹からは大きな音が鳴った。それに、よくよく見れば服も着替えていないではないか。
「よし、着替えて飯でも食うかな」
九時まではまだ時間がある。スィルツォードは手早く服を着替えると、鞘に入れた剣を背負い、部屋を出てラウンジへ続く階段の方へと歩き出した。


二階に下りてみると、ラウンジの席は半分以上が埋まっていた。この時間、朝食を摂る者が多いのだろうということを考えても、予想を超えた混み具合だった。昨日のミストのように見た顔はいないかとざっと探してみたが、数が多くすぐには見つかりそうにない。
「まあ一人で食べるのもいいか。これからも何回もこういう日があるだろうし、慣れとかないとな」
手近な空席を見つけ、ひとまず腰掛ける。カウンターにちょっとした列ができているからだ。
(結構ここで朝を食べる人がいるんだな)
てっきり上の部屋かこの酒場か、そこに住む人間だけが使うのかと思っていたが、夜に酒盛りをしているような男も見えれば、冒険者には見えないような頼りなげな痩身の男もいる。女性もそれなりに見受けられ、窓際の席では優雅に自分だけのティータイムを楽しんでいる老婆の姿もあった。この食事場は、一般にも開かれているのだろうか。それとも、もしかするとここにいる全ての人がギルドメンバーなのか。あの老婆も実は杖を振り回せば天下無双、その両手からは見る者たちの顎を外すような呪文の数々を――。

(……んなわけないか)
一人、脳内で繰り広げていた非現実な光景をシャットアウトし、再び思考を周囲の観察へと切り替えていく。
十数分くらいか、しばらく様子を見ていると、徐々にカウンター周りが空いてきたようだ。食事を終えて階下へ降りていく者も増えてきたように見える。そろそろかと、スィルツォードは確保していた席を立って食事を取りに向かった。最初にラウンジに入ってきたときに比べると、今はその半分強ぐらいの人数だ。これなら席を横取りされる心配はないだろう。

「おっ、うまいなこれ」
カウンターで取ってきたフレンチトーストを頬張り、第一声。かなり安価だったので期待はあまりしていなかったが、シンプルながらいい味をしていた。
あっという間に二枚を平らげ、別で淹れてきたミルクティーを飲む。マリーとジンには悪いが、ミルクティーに関してはこちらの方が美味しいような気がした。なにせ下が酒場だ、飲み物の質はそう悪くない。きっと酒はもっといいものなのだろう。彼がそれを知るには、あともう少し待つ必要があるのだが。
「ふぅ、ごちそうさま。そろそろかな」
朝食を終えて、柱にかけられた時計を見ると、約束の時間少し前だった。剣は持ってきているし、部屋に戻る用はない。このままティマリールを待つのが一番いいだろう。そう考えて、スィルツォードはこの場で彼女が現れるのを待つことにした。
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