Chapter 3-6
「あの、ちょっと……っ……!」

ラウンジの入口、階段を昇った先でスィルツォードは目当ての人物に追いついた。そうして、言葉を失ったのである。
サッと鋭く振り返ったその姿。短い銀の髪が、ほんの僅かに揺れる。ほどよく焼けてすらっと伸びた両の脚。腰に付けたホルダーから覗く短剣の切っ先は、シャンデリアの光を反射して鈍く光っている。だがそれより何より、スィルツォードは彼女の風貌に動きが止まった。

――露出度が高い。

肌を隠しているのは小さめの胸当てとスパッツだけ。声をかけるまでは彼女の容姿そのものに興味は持たなかったものの、こうして17歳の少年がまじまじと直視し続けるには、少々刺激が強すぎたようで。
思わず眼を逸らしたスィルツォードに、アネイルはぶっきらぼうに言った。
「……なんだ?」
「あ……いや、その」
(だーめだこりゃ)
どもるスィルツォードに、隣ではティマリールが呆れ顔。物怖じを知らないティマリールは、
「いや、ねーさんに用事なんだー。つい最近新しく入ったスィルが、ねーさんとお話したいってね」
と軽めに言う。
「は?」
しかし笑顔で話しかけたティマリールに対し、アネイルの反応は冷めている。
「ならさっさとしてくれないか、アタシは忙しいんだ」
ドライな受け答えだったが、ようやっとスィルツォードも目の前の光景に慣れてきて、
「オレ、スィルツォード=グレイネルっていいます。この前ここのギルドに新しく入って、アネイルさんのことを聞いて一回話してみたいなと思って……どうぞよろしくお願いします!」
詰まらずに言えた。
が、その自己紹介に対しても、アネイルは眉一つ動かさずに。

「あぁそう。でもアタシがお前によろしくすることは何もないな」
それだけ告げて、くるりと背を向けて行ってしまった。

「ねー、きっついでしょー。だからやめとこって言ったのにさ」
去っていく後ろ姿を眺めて、ティマリールはやっぱりね、と肩をすくめる。
「でも、悪い人じゃないよな。ちゃんと話聞いてくれたし」
「そりゃそーだよ。でもスィル、前向きだねぇ……」
「ま、ぽっと出のオレが話しかけたらあんなもんだろうよ。これからしっかり仕事すれば、きっといつかアネイルさんも認めてくれるようになるって」
「だといいけどねー。にしてもスィル、やけにねーさんにこだわるんだね?まさかホレちゃった?」
「ばっ、バカなこと言うなよ!」
見とれてしまった数分前の自分を思い出し、かあっ、と顔に血が上る。
「えー、さっきのでねーさんに一目惚れしちゃったんじゃないのー?」
「そんなんじゃないって! セルフィレリカといいティマリールといい、なんなんだよもう……」
にやつくティマリールの質問に、慌て気味に返すスィルの頬は、熟れた林檎のように赤らんでいた。


◇◇◇


「あっ、そーだ」
部屋へと戻る廊下を進む途中、二歩三歩先を歩いていたティマリールがくるりとこちらを振り返った。
「ん?」
「ボクのこと、ティマって呼んでよ」
「え……どうしたんだよ急に」

突然の提案に面食らうスィルツォード。対してティマリールはさして気に留めた様子もなく、こう答えた。
「んー、なんていうかさ、ボクだけスィルって呼んでるのもバランス悪いかなーって。ま、ボクも気軽に呼んでくれたほうが気が楽なんだよねー」
「……オレさ、女の子とあんまり喋ったことないからよく分かんないんだけど、知り合ってすぐにそんなに馴れ馴れしくてもいいものなのか?」
「何言ってんのさー、ボクがお願いーって言ってるんだよ? スィルはそんなに気にしなくてもいいじゃん。だいたい、お互いこうやって普通に話してるんだから、むしろ呼び方ももうちょっとフレンドリーでないと不自然だと思うわけですよ」
「はぁ……そんなもんなのか」
人差し指をピンと立て、熱弁を振るうティマリールに困惑し、ぽりぽりと頬を掻くスィルツォード。

「それにさ」
自分より頭ひとつ小さい彼女の顔にほんの少しだけ、意地悪気な色が浮かぶ。にじり寄ってくる彼女に、スィルツォードは少しばかり腰を引く。
「スィルって、クーちゃんと同い年なんでしょ?」
「い、いや……オレは知らないんだ。セルフィレリカが17ならそうなるけど」
「間違いないね。同い年だ」
なるほど、彼女も17歳なのか――スィルツォードはこっそり頭の片隅にメモを取る。と同時に、自分と同じ年齢の、それも女性のセルフィレリカが、この世界において自分からはるか遠く離れた場所にいることに、わずかながら羨望感も覚えた。
「だったら――」

一度くるりと背を向けて、息を吸い込む。その声で、スィルツォードは現実に引き戻された。一拍置いた後に再びこちらを振り返り、びしっと人差し指をこちらに向けて、きりっとした顔でティマリールが言った。

「――おねーちゃんの言うことは、聞くべきだと思うな!」
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