Chapter 3-5
東西に伸びるメインストリート、その端となる街の入口。
斜陽を受けて、そこに立つスィルツォードの影は長く長く伸びていた。

「……こんなに賑やかな街だったんだ」
ぼそっと呟くその声は、誰に聞かれることもなく喧騒にかき消える。街を、さらに言えば下町を出たことがほとんどなかった彼にとって、この光景は新鮮であることこの上なかった。
また少し、街を散策してみたい衝動に駆られる。しかし、つい先ほどダンケールにも「今日は休んでおけ」と釘を刺されたところであるし、これから酒場はどんどん騒がしくなっていくだろう。女性はともかくとして、屈強な男たちですし詰めとなった中をかき分けるのは些か抵抗がある。そうなる前に、スィルツォードとしてはさっさと二階に避難しておきたかった。
「ま……疲れたし、今日は帰ろうかな!」
心地よい疲労感をぶら下げ、スィルツォードは既に見えているギルド本部への道を急いだ。


◇◇◇


「…………」
目を閉じて、ベッドの上で仰向けに寝転がる。
人が減って、本来の静けさを取り戻した部屋で、彼女は昼間の会話を反芻していた。
(……わたしも、碌な人間ではないな)
信頼を置く仲間たちに、平然と嘘をついたのだから。

カウンターでのルイーダとのやりとりを、セルフィレリカは思い出す。ルイーダには受けない方がいいと釘を刺された。この依頼には、怪しい点があると。

『ランシールに「行け」ってことは、現地人からの依頼じゃないだろう。なら誰が、何の目的でこんな依頼を出すってんだい。罠かも知れないよ』

それでも、セルフィレリカにはこの依頼を受ける理由があった。それはランク制限でも、報酬の内容でもなく。
「……何を考えているんだ」
小さく呟いて、切り取らせてもらった紙の切れ端を眺める。
そこに記されていたのは、何かのサイン。
出向く先で何が待っているのか、彼女は薄々気付いていた。
ひとり思案に耽る彼女の様子をもし見た者がいれば、ただ一つはっきりと分かること。それは、彼女が受けた依頼が、確かな危険をはらんだものに違いない、ということだった。


◇◇◇


ドアを引くと、夕方にもかかわらず、席は八割がた埋まっていた。
そのあちらこちらでは、もう既に酌を始めている男連中の姿もある。
「げ、もう混んでるのか……」
やや引きつった表情で、スィルツォードはしばらく入口に立ち尽くす。
と、不意に入口のドアが開いた。入ってきたのは見知った姿。
「わわっ、スィル!」
「……ティマリール?」
「どしたの、こんなとこで?」
「いや……オレも今帰って来たんだけど、ちょっと混んでるなぁ、って思って」
「あー、なるほどね。こりゃ確かに混んでますなー」
額に手を当てて、背伸びしながら遠くを眺めるような仕草をとるティマリール。
「……でも、まだいっぱいじゃないね。早いとこ奥行かないと、もっとぐちゃぐちゃするよ?」
「げっ、それは勘弁かな……なんとか奥に行こう」

人混みをするするとかわして、まずはカウンターまで向かう二人。そこまでたどり着けば、奥にある階段へはフリーパスだ。
どうにかルイーダの姿がはっきりと見える場所までやって来たスィルツォードは、彼女とカウンター越しに話している女性がいることに気がついた。

「あれは……」
「あれ? ねーさんじゃん。こんな時間に珍しいね」
カウンターにいるアネイルを見て、ティマリールはそう言った。
「ねーさんって……ティマリールはアネイルさんの妹なのか?」
「へっ? あぁ、違う違う。ねーさんってのはボクが呼んでるだけだよ。なんかこう、姉御ー! って感じするでしょ?」
「まあ、確かに……」
「ね。いつもはもっと遅い時間なんだけどな……あれ、上行くね。どしたんだろ」

用事を終えたのか、階段に向かうアネイル。スィルツォードは、とっさにチャンスだと思った。アネイルとは、一度話をしてみたいと思っていたのだ。それは妙な下心でなく、純粋な好奇心。彼女は確かに形容しがたい魅力に包まれているが、今のスィルツォードにとっては彼女が名の知れた盗賊で、どうやら冒険者であるということの方が重要だった。
「ティマリール、カウンターに用事は?」
「ボクはないよー。街をぶらぶらしてきただけだから」
「よし、じゃあ上に行こう。アネイルさんと話せるかも」
「……やめといた方がいいと思うけどね。ねーさん、かなーりガード固いよ?」
「変な言い方するなよ……とにかく、一度しゃべってみないと何も分かんないしさ」
「そこまで言うなら、ボクは止めないけどね」
「よし、早くしないと見失うかも……!」
アネイルを追いかけるように、スィルツォードは階段に向かう。その後を、あまり乗り気でなさそうにしながらも、ティマリールがついて行った。
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