Chapter 3-1
――ドンドン、ドンドン!

「んんっ……うぅ〜ん……」

外からの音に起こされ、半ば気だるげな声で寝返りを打つ。
光と闇の狭間をうろうろ彷徨っていた意識は、飛んでくる声によって覚醒へと向かう。

「スィルツォード! 起きているか、スィルツォード!」

……誰だ、こんな朝から。
目を開けたスィルツォードの視界には、先ほどから叩かれている部屋の扉。
ああ、そうだ――。
昨日からここで寝泊まりすることになったんだった。

ベッドから身を起こし、まだ覚束ない足取りでドアまで向かい、かけてあった鍵を解く。開けた扉の向こうには大きな影。目線を上げると、立派に蓄えられた黒髭が映った。
「あ、ダンケールさん……おはようございます……ふゎぁ……」
欠伸混じりの声で、スィルツォードは朝の挨拶をする。
「やっと起きたか。朝から騒いですまんな、どうしても伝えたいことがあったものでな」
「伝えたいこと……なんですか?」
「朝食をとったら、俺のところに来てくれ。一階のカウンター横の部屋にいる」
「わ、分かりました……」
「よし、伝えたぞ。じゃあまた後でな。二度寝するんじゃないぞ」
そう言って笑いながら、ダンケールは下り階段へと引き返していった。朝から元気な人だ、スィルツォードは内心そう思った。

ひとつ大きく伸びをして、部屋をぐるりと見回してみる。昨日の朝までいた、ベネルテ家の二階の部屋とはずいぶん違う。良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景。ここには時計など、最低限の物しか持ってこなかった。もっと色々持ってきたらよかったかな、と呟いて、スィルツォードは朝食をとるために身支度を始めた。


「あれ……」
ラウンジに下りると、数あるテーブルのひとつに記憶に新しい顔があった。
「あら……スィルツォードさん、でしたね。お早うございます、ゆうべは良く眠れまして?」
「おはよう、ミスト。慣れない場所だけどよく寝られたよ」
隅に近いテーブルに、ミストがいた。
落ち着いた彼女からの挨拶に、ダンケールさんに起こされたんだけどな、と苦笑混じりに返すスィルツォード。
「ダンケールさんに……?」
「うん、何か朝飯食ったら部屋に来てくれ、って」
「まあ……一体どのような用事なのでしょうね。わたくしには見当がつきませんが……」
「オレもだよ……あ、ミストってもう食い終わったか?」
「いえ、わたくしもつい先ほど、食事をとろうとこちらへ上がってきたところです。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
「いいのか? じゃ、遠慮なく……」
ミストに促されて、同じテーブルの椅子に腰掛けるスィルツォード。

「……って、座ってどうするんだ、飯取りにいかないと」
「ふふ……スィルツォードさん、なかなか面白い方でございますね」
座ってまた立って、と忙しないスィルツォードを見て軽く吹き出すミスト。その仕草さえ上品で、スィルツォードは本当に彼女が自分と同い年なのか、不安に思うほどであった。


「なるほど……教会のそばなんだ」
「ええ。ここからも近いですので、毎日通っておりますわ」
簡単な朝食をカウンターから調達してきた二人は、向かい合って座る。話の内容は、彼らの住む場所についてだ。
「教会って、一回だけ行ったことあるけど……すごいキレイな天井だったな」
「そうでしょう。わたくしも週に三回ほどお祈りに行っていますわ。今度ご一緒いたしませんか?」
「そうだな……暇があったら行こうかな」
「是非。共に精霊ルビスに祈りましょう」
「…それって、オレに入信させようとしてる?」
「ふふっ……一応、わたくしは宣教師でもありますから」
「やっぱり」
悪戯っぽい笑みを浮かべるミスト。ギルドにおける布教活動、これも彼女の仕事なのだろう。
「無理にとは言いませんが……ご一考くださいね。ところで、スィルツォードさんはどちらにお住まいですか?」
「オレ? オレは下町だけど」
「まあ……わたくし、下町の方へは何度か行ったことがありますが、あそこは人の温かみに溢れたよい場所ですね」
「だろ? そう言ってくれるとオレも嬉しいよ」

自分の愛する下町を肯定的にとらえられ、スィルツォードは浮き足立つ。
そうして、ついつい熱くなってしまう。

「なのに貴族の連中ときたら、下町は邪魔だとか壊せだとか……!」
「…………」
「あっ、ごめん。ミストに当たるつもりはなかったんだ」
すぐ自省し、詫びる。が、彼女は別段気にした様子はなく、変わらず柔和な微笑みで「お気になさらず」と言った。
「ただ……心が痛みますわ。そのような心無い言葉を発する人々がいるということに」
そう続けると、ミストは目を伏せ、深い溜め息をついた。
「市街に居を構えるわたくしたちも、そういったことに無関心であるがゆえに、そのような者が出てくるのでしょう。一人でも多くの方に理解して頂けるよう、わたくしも声を上げさせていただきますわ」
「……ありがとう、でもその気持ちだけで十分だよ。ミストがそう思ってくれてるってだけで」
「……スィルツォードさん」
素直に嬉しかった。彼女のように、市街地に住む人の中にも、きちんと下町のことをわかってくれている人がいるんだと分かったからだ。
「さ、食っちゃおうぜ。スープもあるし冷めるともったいないだろ?」
「そうですわね。早いうちに頂くとしましょう」
そうして、他愛ない会話を挟みながら、二人は朝食を食べ進めた。
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