Chapter 2-12
「どれどれ……」
カウンターに置いた包みを、ルイーダの指がゆっくり開く。中には、確かに依頼の品。それを確認し、彼女は頷いた。
「納品完了だね。それじゃ、これが報酬だよ」
ルイーダから手渡されたのは、小さな巾着。じゃら、という音に中を覗き込むと、銅貨が何枚か見えた。
「お疲れさん。これからも頑張っておくれよ!」
「はい、ありがとうございます!」
初めての依頼達成に、スィルツォードは否が応にも心躍った。

「これで喜んでいてはダメだぞ。まだ初歩の初歩、最初の依頼をクリアしただけだからな」
「ああ、分かってるよ。これからどんどん依頼を受けて、早いとこみんなに追いついてやるさ」
「頼もしいな。まあ、その気があれば大丈夫だろう」
一仕事終えたふたりは、二階のラウンジでティータイムをとっていた。出かける前にいたティマリールたちの姿はもうなく、広いラウンジは再び静けさを取り戻していた。
「今日はありがとな。おかげで色々勉強になったよ」
「気にすることはない。キミを引き入れたわたしには、キミがギルドに慣れるまでサポートする義務がある」
カップ片手に、変わらず涼しげな表情のセルフィレリカ。
「これからも、わたしが必要な時は遠慮せず呼んでくれ。可能な限りキミに協力しよう」
「そうさせてもらうよ。よろしくな」
「こちらこそ、だ」

セルフィレリカと別れ、部屋に戻ってきたスィルツォード。
扉を開け、部屋の隅に目をやると、朝方置いた袋が早く開けろと言わんばかりに横たわっていた。
「荷物整理まだだったな……よし、ぱぱっと片付けるか」
袋に手を伸ばし、ひとつひとつ取り出して整理していく。詰め込まれているのは、家から持ってきた日用品その他諸々。とは言えほとんど量はなく、この部屋を飾り切るにはあまりに少ない。

と、その途中。
コンコン、と扉が叩かれた。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
落ち着いた男の声であった。はい、とスィルツォードはドアを開ける。その先には、20代後半くらいの、背はスィルツォードより低めな男が立っていた。ローブにサークレット、聖職者であるとみて間違いないだろう。
「初めまして。空き部屋が閉じていましたので、新しい仲間かと思いご挨拶をと」
「あ、初めまして。スィルツォード=グレイネルです。今日からお世話になります、よろしくお願いします」
何度となく言ってきた口上を述べ、頭を下げる。
男はそれに微笑みながら答えた。
「ご丁寧にどうも。私はシヴァル=ロードです。以後お見知り置きを」
差し出された右手を握りながら、スィルツォードは目の前の男にわずかな既視感を覚えた。

「どう、ここには慣れたかな?」
「はい、セルフィレリカがよくしてくれまして」
「彼女が? ほう、珍しいこともあるものだなぁ」
「えっ?」
驚き混じりに感心したような声のシヴァルに、スィルツォードも声が上がる。
「いや、何でもないよ。でもそうなると、君と私はこれから先何度となく会うことになりそうだ」
「そうなんですか?」
「私もセルフィレリカとは仲が悪い方ではないのでね。……おっと、荷物を整理していたところだったようだね、時間を取らせてすまなかった。また今度、ゆっくりお茶でも飲みながら」
「あ、はい」
「では失礼するよ」
軽く頭を下げ、シヴァルは階段とは逆方向、奥へと歩いていった。
その後ろ姿を見ながら、スィルツォードは呟く。
「なんかで見たことあるんだよなぁ……何だったっけなぁ」

「これではないですか?」
「!!?」

不意に背後から聞こえた声に、スィルツォードは飛び上がった。振り向くと、ピエロのような男が分厚い本を片手に立っていた。
その本に目を向けて、スィルツォードは叫ぶ。

「あぁっ! これだ!!」

まだサマンオサの家にいた頃に読んだことがあった。『世界の賢人』というタイトルのこの本、ページを捲ると五大賢の章に確かにシヴァルの名と写真がある。
「うわ、オレすごい人と話したんだな……でも、なんでこの本がここに?」
「これは全世界で売れに売れたベストセラーですからねぇ。彼を見たことがあるならまずこの本の所持を疑ってもいいくらいですよ」
「はぁ……」
唖然とするスィルツォード。
「おっと、これは失礼。わたしはゼノン=ブレイナート、こう見えても遊び人の端くれをやっております」
どう見ても遊び人じゃないか、という突っ込みはしないことにした。
「こうして会えたのも何かの縁、今後もよろしくお願いしますよ」
「よろしくお願いします……」

呆気に取られるスィルツォードをよそに、脇を抜けて部屋を出て行くゼノン。
暫し固まった後、来客もなくなり静かになった部屋の真ん中で、スィルツォードは考える。

――あのピエロは、一体どうやって部屋に入ったんだろうか?


【To be continued】
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