Chapter 2-8
「あら……セルフィレリカさんではございませんか。ご機嫌よう」

ラウンジに入るや否や、物静かな声がふたりの耳に届いた。
階段の昇降口に一番近いテーブルに座っていた彼女が、どうやら声の主のようだ。落ち着いた、柔和な笑みでこちらを見ている。法衣を身にまとっていることから、職業は僧侶であろうと察しがついた。
「ああ、ミスト。ご機嫌よう、だ。リーゼも一緒なのか」
「ええ。先ほど、入口でお会いしまして。一緒にお茶などいかがですかと、わたくしからお誘いいたしました」
「はい……ちょうどお庭のお手入れも終わったし、あたしもちょっと休憩しようかなって思ってたところだったから……」
セルフィレリカが柔らかな表情で返事をすると、テーブルにいるふたりは順にそう話した。彼女たち三人は顔見知りらしい。

スィルツォードはふと、リーゼと呼ばれた少女へ目を向けた。小柄な女の子だ。オレンジの髪はツインテールになっている。こちらは魔法使いのローブだ。帽子は彼女のすぐ隣、空いている椅子の上に置かれている。
と、スィルツォードは思い出す。この少女にジョウロを持たせると、記憶に合致する人物像が脳裏に浮かんだ。
「あれ、ひょっとして君、今朝入口の花壇にいた……」
「あっ、その……はい、そうです」
スィルツォードが何気なく話しかけると、ややしどろもどろしながらも答えが返ってきた。間違ってなかったと、胸を撫で下ろす。
「やっぱり。オレ、スィルツォード=グレイネル。今日からよろしく!」
「あ、リーゼ=フローレル、です。そのっ……こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
体を少し縮こまらせて、リーゼはぺこりと頭を下げる。スィルツォードは次いでミストと呼ばれた女性に向き直った。
「すみません、今言った通りです。今日からよろしくお願いします」
「ご丁寧に、どうもありがとうございます。わたくし、ミスト=サレンシーと申します。どうぞ、以後お見知り置きを」
ニコリと微笑むミスト。スィルツォードもそれに対して笑顔で「はい」と返した。

と、
「……ふふっ」
そばにいるセルフィレリカが小声で笑ったのを、スィルツォードは聞き逃さなかった。
「……セルフィレリカ、どうかしたか?」
訝りながら訊ねると、こんな回答が。
「いや……なに、キミがミストに敬語を使うものだから、ちょっとばかりクスッときてしまってな」
「え……なんかまずかったのか?」
「まずいことはない、ただ、ミストはわたしやキミと同い年なんだがな」
「えっ!?」
意外な返答だった。
驚きの声とともに、スィルツォードは再びミストの方を向く。彼女はなおも微笑を湛えたまま、こう言った。
「わたくし、昨月に17歳の誕生日を迎えたばかりでございます。スィルツォードさんの方が、先に生まれておいでかも知れませんわね」
「……えぇっ!? いや、だってミストさん、すごいキレイで大人っぽいのに…」
「勿体無いお言葉ですわ。ですが、わたくし嘘はひとつも申し上げておりませんことよ」
「じゃあ……」
「ええ、どうぞスィルツォードさんのお好きなようにお話し下さい。わたくしはこの話し方に慣れておりますゆえ、変えることはできませんが」
「う、うん。じゃあミスト、これからよろしく……」
「はい」
面食らいつつも、スィルツォードは同い年には見えない女の子と挨拶を交わしたのだった。

「ところで、お二人はなにゆえこちらに?」
「ああ、彼のメンバー登録をしようとな。クエストに出る前に寄ったんだ」
ミストの問いに、セルフィレリカが答えた。それを聞いてリーゼが一言。
「それだったら……今、ティマが男の人と登録作業してると思うんだけど……」
彼女が指差した先には、男女の組がひとつ、登録所のカウンターにあった。男の方は随分な身長である。
「間が悪いな……ティマリールがいるとは」
はぁ、とセルフィレリカはため息。
と、こちらに気づいたのか、ティマリールが振り向いた。
そうして、スィルツォードの顔を見るなり、
「……ああっ!」
そう叫んで駆け寄ってきた。かと思えば、前から右から左から、スィルツォードを観察するように見回す。
「あ、あの……」
彼女の思いがけない行動に、言葉が追いつかないスィルツォード。しばらくして、
「…うん、間違いないよ! さっきボクを助けてくれた人だねっ!」
元気な笑顔でそう言って、ティマリールはスィルツォードの右手を自らの両手でがしっと握った。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -