Chapter 1-2
下町の朝は暖かい。
すれ違う人々が自然に、何の違和感もなく挨拶を交わす。通りでは今日も、各戸の婦人たちが井戸端会議。絶えず笑いが起こり、あちらこちらに人の集まりが窺える。

「おや、スィルくんじゃない。おはよう」
「あっ、おはよう、おばあちゃん。いい天気だね」
何の不思議もなく、スィルツォードは老婦人と挨拶を交わす。ベネルテ家に居候になって二年、彼も下町のほとんどの住人を知っていた。
「ぽかぽかして気持ちがいいねぇ。今日はどこか行くのかい?」
「うん、新しい仕事にね。おじさんには『またか』って笑われたけど」
「まぁ、そうかいそうかい。頑張ってくるんだよ」
「はいよっ!」

スィルツォードは明るく返事して、街へと続く坂道を駆け上がる。聞いた話では、次の仕事場は下町と街を結ぶ道のそばだということだ。
「おっ、ひょっとしてあれかな?」
目に飛び込んできたのは更地に集まった男たちだった。つい最近までこの場所には店があったのだが、建て替えて中心街へ移ったとか。

「おお、君がグレイネル君かな?」
「はい、よろしくお願いします」
監督者に一礼し、説明を受ける。
何でも、下町と街の子供が一緒に遊べるようにと、この場所に公園を造ることになったらしい。
「そういうわけで、君には遊具を据え付けるために資材を運んでもらいたいんだ」
「分かりました、頑張ります!」
その話を聞いてスィルツォードはより一層意気を上げ、与えられた仕事に取りかかった。

「よい……しょっと。ふー、結構タフな仕事だな……」
運んできたものを下ろし、一息つく。ちらりと見ると、全体で整備は進み、かなり公園らしい見た目になってきていた。
(これなら、子どもたちも楽しく遊べそうだな)
完成図が見えてきたところで、彼はそう思った。
「おーい、もっかい行くぞー!」
「あっ、はい!」
お呼びがかかり、腰を上げる。そうして、再び資材置き場へと走るのだった。

……しかし。

(……はぁ、なんか飽きてきたなー……)
まだ数回往復しただけなのだが、スィルツォードは早くもこの単調な作業に飽きを感じ始めていた。
「よし、あと半分ぐらいだな!」
「えっ、まだ半分も残ってんのか……!?」
「なんだ、もうギブアップか?」
「い、いや……」
渋々、もう一度戻る。タフな仕事とは言え、元々体力には自信のあるスィルツォードだ。こちらに関してはまだ問題はない。
が、やはり「飽きて」しまった以上、その作業は苦痛に感じ始めてくる。また何度も退屈な運動を繰り返すのかとぼやき、彼はため息をついた。
そうして何度目だろうか、資材を運んできて地面に下ろした時であった。

「おやおや、ここが新しい公園かな?」
声がする方に振り向き、スィルツォードは小さく舌打ちをした。趣味の悪いキンキラキンの服に、無精髭。太った風貌からも、声の主が誰かは容易に分かった。この街の富豪、そしてスィルツォードたち下町の敵――ゴルドアという男である。
「こんなところに公園を造ってどうするのかね? 街の子供たちは来ないと思うがね」
「なんでそう分かるんだ?」
スィルツォードは嫌味たらしく言うゴルドアに食ってかかる。するとゴルドアは呆れた顔で言った。
「まったく……これだから下町の下民どもは。自分たちが邪魔な存在だと理解していない」
「……なんだと……!?」
「下町の子供なぞ来る場所に、街の子供が行くわけがないだろう。そんなことも分からないのかね?」
「……っ!!」
「やれやれ、また税金の無駄遣いだ。いっそ下町を取り壊して、遊園地でも造った方が国の税収が……っ!!」

ゴルドアの言葉はそこで途切れた。堪忍袋の緒が切れたスィルツォードが、ゴルドアの顔を思い切り殴ったのだ。

「……貴様、よくも下賤な庶民の分際で!」
「黙れ!! お前みたいなクズに、これ以上下町のことをバカにされてたまるか!! それ以上言うとぶっ殺すぞ!!!」
「ふん、よくもそんな口が利けたものだな。私を殴ったことを、一生後悔することになるぞ。このことは問題にさせてもらうからな!」

ゴルドアは腫れた頬を押さえ、そそくさと立ち去っていった。スィルツォードにとって、先の殴打は痛快だった。ずっと殴ってやりたいと思っていた相手に、やっと一発入れることができたのだから。

しかし、事態はそう軽くなかった。監督者らしき男の青ざめた顔を見ると、スィルツォードにもそれは感じ取れた。
「……なんてことをしてくれたんだ、君は」
「……すいません。ついカッとなって……」
「……今日の給料だ。明日からは、来なくていい」
もう何度目になるだろうか、初日にしてスィルツォードは職を失った。

……解雇の理由は、初めてのものだったが。
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