Prologue-5
予定が狂っていた。
こんなはずではなかった。

また会うその日までと、笑いながら言葉を交わすつもりだったのに。
ずっと共に学び、高め合ってきた戦友だ。何を言わずとも、互いの思いは伝わっているものとばかり思っていた。

しかし――実際には違った。
(最後の最後で悪い癖が出てしまったな)
そんなことを考える。街は絶えず動き、歩を止めたダンケールを置き去りにするかのごとく流れていく。
もはや彼が、すぐにでもロマリアを離れようと考えるのは自明だった。
(ここにいては、セディの邪魔になる)
どうやら食い違うらしい二人の考え。それを是正する気がない今、彼にできるのは国を離れてほとぼりを冷ますことだった。

もとより、彼はロマリアに留まり続けるつもりはなかった。セディリークに大見得切って、「するべきことは見えている」と告げた以上は、順番は違えどもそれを遂行すべきだと彼は考えたのだ。
そうして、一介の旅人となったダンケールは、その胸に決意を秘めて遠くアリアハンの地に流れ着くことになるのであった。

そして、時は流れて――。


◇◇◇


「いらっしゃい、ってダンクじゃないか、また来てくれたんだね」
「ああ、ソティア。また来たよ、久しぶりだ」

アリアハンに流れ着いてから、十年もの月日が流れると、彼もこの街にはすっかり馴染みを覚えていた。
閑散とした酒場。壮年の戦士や、疲れた顔の魔法使いたちがぽつりぽつりと席に着いているだけ。今回は二週間ぶりの来店になるが、彼はこの場所が気に入っていた。
……というよりは、自らの恋人と話をしに来たのだが。

「そう言えば久しぶりだね。一体どうしてたのさ?」
「ちょいと野暮用でな。なに、あんたに言えないようなことじゃないさ。後々話すことになるだろう」
「ふふっ、じゃあ楽しみにしとくとするよ。で、何だい? また愚痴りにでも来たのかい?」
「どうだろうな。一応は、今日はただ単に酒を飲みにきただけのつもりなんだがな」
「そうかい。いつものでいいかい?」
「そうだな、『ルイーダ・レッド』、お願いしようか」
「はいよ。ちょっと待っとくれよ」
女、ルイーダが拭いていたグラスを置いて屈み込む。心なしか嬉しそうな顔で、足元の棚から古めかしい瓶を一本取り出し、そっとグラスに注いだ。
「こっちも相変わらずみたいだな」
「閑古鳥も鳴き疲れる頃じゃないかねぇ。登録所の方も幽霊メンバーが多すぎるってぼやいてたよ。こんなことなら、いっそ店を閉めてアンタとデートのひとつでもした方が幸せなんだけどねぇ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「そりゃそうさ。ほんと悪いと思ってんだよ?こんな女とまあよく付き合う気になったもんだけど」
「何を言うんだ、分かった上さ。俺は働いてるあんたが好きなんだからな」
「まったく、上手だねぇ。ま、そういうわけで、がらんどうなのも嫌いじゃなくなったわけさ」
「そいつは良かった。にしても、やっぱり昔はこうじゃなかったんだろう?」
「そりゃあねぇ。ひと昔前までは世界中の名うての冒険者たちが集まってきたって聞いてるけどね。あたしも一度でいいから満席の中を忙しく駆け回ってもみたいもんだよ」
でもこの調子じゃくたばるのが先だね、と、半ば投げやりな風に笑って話すルイーダ。しかしダンケールは彼女の眼に、いつかの自分と同じ眼を見た。
「そいつはいい夢だ。叶うといいもんだ」
「何言ってんのさ、叶うも何も捨てた夢だよ。こうやってだらだらとするのもいいと思えるようになったし」
「こっちとしてはまあ悪い気はしないな。おかげで一番好きな場所だしな」
「ふふっ、ありがとうね。はいよ、『ルイーダ・レッド』」

コトン、と置かれたグラスには深紅の液体が揺らめいている。覗き込めば真っ赤な顔を映し出す、ルイーダの酒場で一番の酒らしい。
「『ルイーダ・レッド』。安直な名前だ」
「あたしに言われてもねぇ。昔からこの名前だそうだし……。そう言えば、そろそろ10年になるんだっけね。あたしらが初めて会ってから」
「そう言えばそうだな。俺がのんびり過ごしてる間に、世間じゃキースとかいう18かそこらの若者が世界を救ったって話じゃないか。ははっ、全く見習いたいもんだよ」
「なーに、確かに世界を救うのは大偉業かも知れないけど、一国を守り続けるのだってそうそう出来たことじゃないさ。違うかい?」
「ま、そう言ってくれりゃありがたいけどな。しかし俺もそろそろデカいことをやらなきゃならんと思うわけさ。もういい歳だしな」
「そうだねぇ、アンタもあたしもとうとう40になっちまって……。何か事を起こす当ては見つかったのかい?」
ああ、そんな話だ。
ダンケールは彼女の問いにそう一言呟いて、酒を煽った。
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