Prologue-4
「ダンク!!」


乱暴に開け放たれる扉。
バン、という音と共に、息荒く入ってきたのは彼の見知った顔であった。
宵闇に月明かりだけが浮かぶ漆黒の夜。部屋の小さなランプの光が、その顔を照らし出す。
「なんだ……セディか」
「よくもそんな風な口が利けたもんだな」
男はちらりとダンケールを一瞥し、傍にある椅子にどかっと乱暴に腰掛けた。彼が何を言いにきたか、ダンケールには分かっていた。またダンケールがそれを分かっているということを、男も理解していた。だが、それでもダンケールは訊ねた。
「何の用だ」と。

「っ……ふぅ。ちょっとカッカしたみたいだな」
ややあって息をつく男。少し頭が冷えたか、声のトーンが下がった。
「話は陛下から聞いたぞ。ダンク、なんで俺に黙って軍を抜けるんだ」
「……」
「それだけじゃない。隊長の椅子を俺に押し付けて、どうして陛下を裏切るような真似をするんだ!」
「セディ」

ダンケールは落ち着き払っていた。
二人が並んで座る格好の中、彼は横にある顔をじっと見つめ問うた。
「俺たちが目指した世界ってのは、どんなものだった?」

「……決まっているだろう、誰もが安全に、安心して暮らせる、争いのない世界だ」
「よく分かってるじゃないか。安心した」
「言いたいことはそれだけか?」
いいや、と首を横に振るダンケール。荷物を整理し、すっかり殺風景になった部屋で唯一の装飾となっている、開かれた窓の外に目を移して彼は続ける。
「今回の内乱鎮圧で、国内の争いはなくなった。だからこれからはセディ、お前が安全で安心な世の中を作ってくれ。陛下にも申し上げたが、俺は疲れた。戦乱の中で、軍をまとめる気力が尽きてしまった」

虚ろな眼。それは男の目に強く焼き付いた。そう、まるで写真に撮ったかのように。
「だからと言って、何で軍を抜ける必要があるんだ?」
「民間の視点から物を見るためだ」
ダンケールはこう言うと決めてあったかのように、即答した。
「どんな広い視野を、高い視力を持っていても、山の頂上から麓全てを見渡すことはできないだろう。だから俺は麓に立って、国民が抱える見えない問題を間近で見たいんだ」
「つまり、お前は陛下のご方針には穴があると言いたいわけか」
「率直に言えばな。陛下だって人の子なんだ、当たり前の話だろう」
「なんてことを!」

またも激昂する男を抑え、ダンケールは付け加える。
「もちろん、疲れたからといって自堕落な生活に浸るわけじゃない。これからは縁の下の力持ちとして、国に尽くしていくつもりだ」
「……何を言うかと思えば」

呆れた、とばかりに呟く男。
「理屈を並べて、結局は逃げ出しただけじゃないか。国民国民と言うが、お前は後に残される兵たちのことをどうするつもりだ」
「愚問だな。軍を率いるのはもうお前だろう、セディリーク=ブラット」
「……まったく分からん。お前は何が言いたいんだ? 俺にも分かるように教えてくれよ……!」
「……俺はな、今の国家体制の問題点に気付いているつもりだ! だからその欠点を外からの力で補おうと決めただけの話だ!」
「だからそれが分からんと言ってるだろう! 本当に国民のためを思うなら、軍をまとめて平和を保つ努力をすべきじゃないのか!」

もはや冷静な議論は不可能だった。
睨み合う二人。もしここに見知らぬ者が居合わせたなら、誰が信じようか、二人が無二の友だということを。

「……相容れないらしいな。これ以上は言い争っても無駄だ」
「そうだろうな。さっさと出て行けばいい、陛下を裏切るような奴は。さもないと城への侵入罪で突き出すぞ」
「言われずとも出て行くさ。ただなセディ、これだけは覚えておけ」

ダンケールは立ち上がり、まとめた荷物を肩に掛けて部屋を出た。
そして、扉を閉める直前に一言。

「十年、二十年のうちに、必ずお前は俺が目指す世界を見ることになるだろう」

そう言い残し、彼は去った。
後に残されたセディリークは、ただやり切れない表情で地面の一点を見つめていた。
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