Prologue-3
「……ふむ、御苦労であったな。これでひとまずは安堵してよいと言ったところか。下がってよいぞ」
「はっ」

広い空間の真ん中で、恭しく跪くダンケール。時代を感じさせる石造の壁が、金や銀の装飾を受けて、煌びやかな光を纏っていた。

ロマリア国領での内乱は、これまで十数件を数えていた。いずれも国境に近い農村や名もないような小さな町。
何度となく遠征したから分かるが、例外なく裏に見えたのは貧しく辛い毎日を生きる民の姿。武器を手に取り内輪で傷つけ合う。中枢部への怒りが間違った方向へと向けられ、爆発する。

――そんな風景は、もうたくさんだ。


「……陛下」
ダンケールはなお頭を下げたまま、主君に告げる。
「私は……隊長職を辞さねばなりません」
「……どういうことだ、ヴァイアニスよ」
突然だった。
王は眉を上げ、その言葉の意味を確かめる。
「心が……身体が……もはや言うことを聞かないのです」
「…………」
「私を買われたあなた様だからこそ、お分かり頂けるはず。私は……もう疲れてしまいました」

偽りなき現実。
それは一片の嘘もない言葉。俯き続ける彼の声には、力は見えなかった。

「そのような理由では許さぬと言いたいが……この数年の間、そなたには、よく働いてもらったな」
「勿体無いお言葉でございます」
「……ところで余を納得させるほどの、そなたの跡を継ぐ当てはあるのか、ヴァイアニスよ」
「はい」
返事に時間はかからなかった。
「ブラットがいます。私は全てを以て彼を推します」
「ブラット……ブラットか、よかろう。そなたの眼に偽りはないだろう」
王はふっと笑んで、ダンケールの言葉を聞き入れた。
「では、そなたは軍から名を除かるる覚悟ありとみてよいな?」

ダンケールは顔を上げた。
鋭い眼がこちらを覗き込む。まるで心の奥まで抉るような、鋭い眼光。
しかし、彼は臆せず答えた。
「はっ、相違ございません」
「よろしい。ただ今よりそなたは民間人となろう」
「ご厚意に感謝申し上げます」
長い対話を終え、ダンケールは入り口まで退がる。
扉の前で足を止め、一言。

「……大変な無礼をお許し下さい。陛下」

扉が閉まる。
主はその音が消えるまで、扉を見つめていた。

「そなたも、人間であったということかの。ダンケール=ヴァイアニス……」

白髭を蓄え、深い皺を湛えた顔は、より年老いて見えた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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