Prologue-2
「…………」

洞穴の入り口までにじり出て、そっと外の気配を窺うダンケール。洞穴の中にはなお緊張が走っていた。
「……あの……」
「静かにしていろ。まだ危険だ」
村人のひとりが口を開きかけたが、ダンケールはそれを制してただ顔を出して外を見ている。
一瞬でも余所見をしようものなら命はない、まるでそんな雰囲気を感じさせる。

「ヴァイアニス隊長ー!」

遠くから響いてくる自分を捜す声にも動じず、警戒を続ける。
どれほどそうしていただろう、やがて彼はひとつ息をついて皆に告げた。

「……よし、ひとまずは大丈夫のようだな」
その言葉で、どっと皆の緊張が緩む。張り詰めていた空気は、幾分か穏やかさを取り戻したようだった。
「……おじちゃん」
「どうした、お嬢ちゃん」
「助けてくれてありがとう!」
「……なに、気にすることはないよ。無事で何よりだ」
不意に集団の中から出てきた小さな女の子。ダンケールは優しく接しながら、その眼を直視できずにいた。
(何の罪もないこんな幼い子供までもが、こうして苦しまなければならないのか。何が平和な世の中のため、だ。俺たちは一体、何人殺せば気が済むというのだ)
ダンケールは胸中でそう毒づいた。

さらにしばらく時間が経った。音から判断するに、どうやら脱出しても見つからない位置まで兵士たちが遠ざかったらしかった。
「この先に向かうとカザーブという村がある。そこへ避難して頂きたい」
村人全員に聞こえるように、彼は話した。
「くれぐれも振り返らないでくれ。いつ兵士に気づかれるかも分からない」
「ちょっと待ってくれ! あんたは奴らのリーダーだろう、一体何の真似だ!」
村の男がダンケールに詰め寄った。ダンケールは男に目を向け、一言だけ告げた。

「……すまない」
「……」
「……いや……謝って済む問題ではないな」
「そうだ、俺たちは理由を聞いてる」

沈黙。
暫しの間を挟み、彼は苦々しげに言った。
「どんな理由を並べたところで、信じてはもらえんだろう」
「だから一体何が狙いだと……!」
「待つのじゃ」
激昂する男を留め、ひとりの老人が進み出る。この村の長であろう、風貌がそれをダンケールに感じさせた。
「内乱を鎮めて下さったばかりか、我々を匿って頂き、感謝の言葉もございませぬ」
「……村長! 奴らは人殺しなんだぞ!」
「よく考えるのだ。我々も人殺しではなかったか?」
「っ……」
唇を噛む男。村長は再びダンケールに向き直り、ひとつ頭を下げる。
「……本当に、ありがとう」
「……いえ」

ダンケールはそれ以上、何も口にすることができなかった。
そうして、ひとり、またひとりと洞穴を抜ける村人たちをただ見つめ、見送るばかりだった。

「…………」
彼らが見えなくなって後、ダンケールは振り返り、戦の地へと引き返す。

「ヴァイアニス隊長! お捜ししました、どちらにおられたのですか?」
「なに、村のはずれまで生き残りがいないか見に行っただけだ。誰ひとりいなかった」
「はっ、そうでしたか。こちらも生存者はおりません」
「ああ……これにて、戦の終わりを確認しよう。国内で最後の内紛だったが、皆最後まで御苦労だった。それでは、撤退!」

飾り気のない言葉を部下たちに投げて、ダンケールはロマリアへの道を急ぐ。
幾多の内乱に疲れ切って半ば気力を失ったひとりの男の顔が、そこにはあった。
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