Chapter 32-1
―――教習所に入ってから今まで、本当に色々なことがあった。

時に不安に駆られ、時に事実に驚き、時に喜びに浸り。

様々な感情を経験してきたアルムだったが、今この瞬間の驚愕は、それらを全て色褪せさせたと言っても過言ではなかった。

アルム「…本当に…そうなんですか…?」

かすれた声でアルムは問うた。皆が驚きで声が出ない中で、一番最初に出した声としてはまだ良い方だ。

その問いに、アラン…いや、キースはこう返した。

キース「…ああ。悪いな、今まで黙っていて…どう謝りゃいいか頭の悪い俺には分かんねー」
アルム「なんで…黙ってたんですか…?どうして…アランさんになってたんですか…?」

責めるような口調ではない。真実を話してほしいという、懇願にも似た口調だった。

キースは一度深く息をつくと、その問いに答えることはなく剣を抜いた。

キース「…後で必ず話す。今の状況で忘れてくれってのも無理かも知れねーが、奴と戦う間は俺を俺だと思うな!」

しかしこの時、アルムたちはザルグの計略に嵌ってしまっていた。ザルグがキースの正体を明かしたのは、それによってメンバーを混乱させ、戦力を低下させるため。事実、ああは言われてもアルムやレイシアは畏怖で体が震えていた。当然の反応といえば、そうだ。ずっと憧れ、尊敬してきた世界の英雄が至近距離にいるのだ。堪らなく嬉しいはずなのに、なぜか怖かった。

その重圧をものともしなかった者も、もちろんいた。ルーナ、エド、ルージャ、ノイル。彼らはただ目を輝かせてキースを見ていた。そしてユリスとタア。2人もまた、嬉しさを隠せず表情が僅かに緩んでいる。

タア「信じらんねぇ、オレたちは今まで、勇者の剣捌きを見てきたってのか…!」
ユリス「わたしたちも、勇者の仲間だったのね…!」

(あいつらは大丈夫だな…)
キースはそう判断し、震えている者たちに向かって叫んだ。

キース「ここは俺たちに任せて、お前たちは向こうに行け!」

意外にも、この指示はすんなり通った。皆慌て気味に駆け出し、祠へと向かう。しかし、そちらにはザルグがいたのだ。

ザルグ「…忘れるな。通行料が必要だと言ったはずだ」

ザルグがパチンと指を鳴らすと、突然祠へと続く道の地面が抜け、禍々しい色が渦巻く大穴へと変貌した。否応なしに、祠へと駆け出していた者たちは何を言う間もなくその大穴に飲み込まれた。
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