Chapter 3-6
白い光の中、気がつけばキースはそこに立っていた。
右を見ても左を見ても、前も後ろも白い光。体がふわふわと浮かんでいるような感じがする。
「ここは……」
どこだ。わからない。
ついさっきまで自分がどうしていたか、それすら思い出せない。
とその時。

『私の声が……聞こえますか……?』

それは透明な水のように、澄んだ清らかな声だった。
いや、声と呼べるかどうか、頭の中に直接流れ込んでくるように、旋律を奏でるように、その言葉は心地良さを連れてキースの耳に入ってきた。
「……聞こえる、あんたは誰だ?」
目を閉じ、キースは問う。
『私は世界の精霊を束ねる者』
「精霊を束ねる……? もしかして」
聞いたことがあった。
世界に確かに存在している精霊、その親とも言える存在。
そして、今なお世界の人々から最も信仰され、崇められている精霊の主――。
「精霊……ルビス……?」
『ルビス……そう、人は私をそう呼ぶのでしたね』
やさしい声が木霊する。
この声の主が……精霊ルビス?
キースには、俄かにそうとは信じられなかった。
『キース=クランド』
静かに、言葉は紡がれる。
『あなたは、世界を救う運命を背負っています』
「えっ……?」
『世界を覆わんとする闇……その闇を打ち破る力、それがあなたに眠っている』
「俺に……力が?」
信じられなかった。今の今まで、そんなことは誰にも言われなかったし、もちろん自分でも分からなかったのだから。
『聖なる雷、それは光の使者にのみ授けられた力』
「待ってくれ、聖なる雷って何のことだか――」
『日が昇る時、街の入り口に立つのです。さすれば、光の雨に導かれましょう』
「日が昇る時って……うわっ……!」
訊き返そうとした時、光が強くなった。あまりの眩さに、視界が奪われていく。
「待ってくれ! あんたにはまだ聞きたいことが……!」
叫んでも、手を伸ばしても、届かない。白はますます強くなり、そして――。



「ってくれ……!…………待ってくれ!!」

虚空に、右手が伸びていた。
キースの目に映っていたのは、その伸ばした右手と質素な造りの天井。
腕を下ろす。そうして、ゆっくりと身を起こした。

夢か現か。
夢、と片付けるには、あまりに鮮明だった。
一体あれはなんだったのだろうか。
「…………」
窓から入る光は弱々しい。どうやらまだ夜明け前のようだ。
隣のベッドでは、アレクがまだ寝息を立てている。ここからは見えないが、同じようにクラリスもきっとまだ夢の中だろう。あれだけ大きな声を出しても、目を覚ます気配がない。長旅のあとにゴーレムとの戦い、やはり疲労は深かったようだ。

キースはそっとベッドから降り、立ち上がった。眠っている二人を起こさないよう、部屋を後にする。

確かめなければ。

声は確か、日が昇る前に街の入り口に立てと言った。そうすれば何が起こるのか、あるいは何も起こらないのか。
気がつくと駆け足になっていた。夢だけでは終わらせたくない、何となくそんな思いが芽生えていたのかもしれない。

「ここ……だよな」
ゴーレムと激闘を繰り広げた場所のすぐそば。メルキドの入り口にキースは立った。
空は白み、もうじきに日の出を迎えようとしている。

「何も変わったことは……わっ!!」
呟きかけたその時。不意を衝かれたように、キースは眩しい輝きに包まれた。反射的に目を伏せ、しばらくの後、目を開くとそこは、メルキドではなかった。

「ここは……祠、か?」
それなりにも神聖な場所だということは、神道に疎いキースにも分かった。侵してはならない、ここはそんな清澄な空気に包まれていた。
足が赴くままに、キースは階段を上り、祭壇らしき場所、女神像の前までやってきた。

『よくここまで来ました……私を覚えていますね?』
「あの声」が、聞こえた。
「覚えてるも何も、ついさっき会っただろ?」
『……そうでしたね。私を信じ、ここに来てくれたのですね。感謝いたします。この地に来たあなたに、これを授けましょう。キース、手を』
言われるがままに、キースの手の平を差し出す。すると目の前の女神像が淡く輝き、そこから放たれた光の球がキースの手へと舞い降りた。
『私はいつでもあなたを見守っています。願わくは、精霊の護りがあらんことを』
そう言って、精霊の声は消えた。そして、祭壇が、周りの景色が色褪せていき――気がついたときには、まるで何事もなかったかのように、キースは元いたメルキドの入り口に立っていた。
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