Chapter 1-5
「バスラ、か……なるほど、どうやら平和な時代は終わっていたようじゃな……」

ラダトーム。
竜王の城から戻ってきたキースの報告を受けて、王は顔をしかめた。年老いて皺の入った顔に、さらに深く皺が刻まれた。

「……すみません、バスラを倒そうとしたんですけど、とても太刀打ちできなくて」
「いや、無事に戻っただけでも良かった。キースよ、そなたも疲れておろう。宿を手配しておくゆえ、今夜はもう休むと良い」
「ありがとうございます」

キースは王の気遣いに感謝せずにはいられなかった。しかし、聡明な王はキースの意志を如何に読み取ったか、さらにこんなことを言った。

「……キースよ、そなたにはやるべきことが出来たようだな」
「はい、仲間を探して、バスラを追って、倒します」
「ふむ…ならば改めて言う必要もあるまい。ではそなたに一つ、ラダトームからも餞別をやらねば」
「……?」
「剣がなくなっておる、大方バスラとの戦いで失われたと見た。そこで、釣り合わぬこととは思うが、そなたにわが国の兵士が振るう剣を一刀授けようではないか」
「……本当ですか?」
「うむ。ただしキースよ、命は無二の宝じゃ。何物にも替えられぬ。如何なる場合も決して無理をする事なく、危険を感じたらすぐに逃げるのじゃ。勇気と無謀は違う。退くのも立派な勇気じゃ。剣は己の身を守る為に持つ物……そのことを肝に銘じておくことじゃ」
「……はい。確かに」

兵士の剣を手渡され、キースは確かな決意を得た。


言葉通り、宿には既に予約が入っていた。
厚意に感謝しつつ、キースは汗を流し、疲れを癒した。

「……街じゃ、ちょっとしたもんだと思ってたんだけどな」
ベッドの上で、そんなことを考える。
剣を覚えてからというもの、ルプガナではそれなりにやれる方だという自信があった。そしてそれは、ある程度正しかったはずだった。一方的に負かされたことなど、記憶の限りでは一度たりともないからだ。戦士肌の旅人と稽古をしたこともあった。歳の同じ少年と鍔迫り合ったこともあった。それでも、自分は簡単に負けなかったはず。
……しかし、バスラとの戦いはそんなちっぽけなプライドを打ち砕いた。所詮は井の中の蛙だったことを、彼は身をもって思い知らされた。

「……とにかく、仲間だ。一緒に戦ってくれる仲間を探さねーと」

一人でダメなら二人で、三人で。
竜王の言葉を思い出し、新たな目的を持ってキースは眠りについた。


翌日。

ラダトームの街の入り口に、キースは立っていた。
王から貰った兵士の剣、竜王から貰った皮の盾。
それらは思いの外手に馴染み、キースは自分が少し強くなったように思えた。

「よし……行くか!」

広野へと一歩を踏み出す。まず目指すは、ラダトームから北西、ガライの町だ。

「待ってろ……絶対てめーをぶっ倒してやるぜ……!」

草原が静かな風にそよと揺れる。キースの果てしなき旅路が、今始まりを告げた。


〜続く〜
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