倫は軽やかな足取りで日傘を差しながら街を歩く。
茹だるような暑さの中、日傘と逆の手にはおよそその風体には似合わないような一升瓶の日本酒。
倫はふとパチンコ屋の前で足を止めた。
誰かが出入りする度に中の騒音がもれ聞こえる。
「うわー甚爾、全然当たってないじゃん。昨日稼いだお金、スりまくり〜」
「餓鬼がうるせぇんだよ」
「痛い痛い痛い痛い。首もげちゃうから」
「丈夫だけがトリエだろーが」
脳裏に浮かび上がる懐かしい記憶。
思い出して笑えるようになったのはそれだけ時間が経ったからか。
けれどやっぱりどこか寂しくて。
胸が痛むのは気のせいなんかじゃない、
倫は再び足を進める。
目指すのは街外れにある墓地。
倫はその墓地の片隅にある、本当に小さな墓石の前まで行くとどかりと腰を下ろした。
「久しぶり、甚爾。あたし、卒業したよ」
ポン、と音を立てて一升瓶の蓋を開ける。
倫は1口2口と酒瓶に口をつけてからジャブジャブと小さな墓石に酒をかけた。
「同級生ーーって言っても1人は死んじゃって、もう1人は一般人になったんだけどね。皆から半年遅れたけど、昨日付で卒業して、正式な呪術師になったよ」
甚爾が聞いたら鼻で笑いそうなセリフだった。
今から10年前。
倫がまだランドセルを背負っていた頃に倫は甚爾と出会った。
他の人には見えない化け物が見える日々。
呪霊に襲われていた倫を、見えない筈の甚爾は気まぐれで助けた。
死を覚悟した瞬間に救われた倫はその鮮烈と過激さに恋をした。
それから3年。
甚爾はいつだって倫を子供扱いして、相手になんかしてくれなかった。
でも、呪霊の居るこの世界で生きていく術を教えてくれた。
それは気紛れだったかもしれない。
手合わせだって、甚爾からすれば子猫と猫じゃらしで遊んでやるような些細なことだったかもしれない。
けれどもーーー
高専があることを教えてくれた。
きっ近寄るのも嫌だった筈のその世界に甚爾は確かに繋ぎをつけてくれた。
「ねえ、甚爾これ覚えてる?」
同級生から半年遅れで高専に入学することが決まった日、甚爾は倫に呪具をくれた。
赤い柄の、刀身が長めの日本刀。
「え?くれるの?」
「お前、述式は大層なモン持ってやがるのに、下手くそだろ。身体も小せぇし。それでブッタ切るのが手っ取り早いだろ」
「ちょー嬉しい!一生大事にする!甚爾大好き!!」
「子供にゃ興味ねェよ。出るとこ成長してから言いな」
「5年後のあたしに期待して!」
結局、それが甚爾との最後の会話だった。
次に相見えたのは、ただでさえ天才と呼ばれた先輩が、完璧な天才と成った後だった。
腹を抉られ、冷たくなった甚爾を前に、倫は泣いた。
焼かれて、小さな骨壷に成った後も、泣いて、泣いて、泣いて、泣き暮れて。
理不尽な世界を呪った。
こんな世界壊れてしまえばいい。
そう思った倫を救ったのも甚爾だった。
「倫、お前……その呪具は誰にもらったんだ?」
「夜蛾先生、この刀知ってるの?」
「知ってるも何もお前、それ特級呪具 髭切 だぞ」
「ひげ、きり?」
「あぁ。ちょっと前に裏世界で売買されたと聞いていたが……お前、盗んだのか?」
「ち、違います!入学祝いにって大好きな人が、くれました。あたし、そんな凄い刀だって知らなくて……返したほうがいいですか?」
「いや、いい。倫、お前にそれをくれた人はお前を大切に想い、期待していたんだな。最近、悲しいことがあったのは聞いている。だが、乗り越えて強くなりなさい」
「そんなにさ、凄い呪具ならちゃんと言ってよ。任務の度に荷物引っ掛けて歩いてたわ。甚爾の馬鹿」
そんなこと知らねえ。
甚爾が居たらきっとそう言っただろう。
倫は1人笑みを零した。
ポケットの携帯が震える。
メールを見れば任務の呼び出しだった。
「じゃ、甚爾。あたし行くね。またお酒、持ってくる」
一升瓶に残ったお酒を全部墓石にかける。
一陣の風が立ち上がった倫のワンピースの裾を撫でた。
想い出を拾い集める
(多分あたしは甚爾以上の人に会えない)
(ずっとずっと貴方の面影を探して生きてくんだ)
2024/04/10