「か、海藤おは」

「……」



スッと、音もなく、海藤は私を無視してただ反対側に歩いて行く。それを引き止めるような気力もなく、私はそのまままっすぐに歩みを進めた。今日は授業に出るような気力もなくて、私は屋上というサボり場所でぼんやりと空を見つめていた。一応三時間目から授業にはでたけれど、全然内容は頭に入ってこなかった。

いくらサボっても多分今日は海藤には咎められない。もしかすると、これから先もこのままだったらもう咎められないどころか会話すら。放課後に一緒にミスドの百円セールに行くこともなければ海藤の愚痴を聞くことはないし、はたまた教科書の貸し借りなんかも無くなるのだろう。放課後、いつかのサボり場所でぼんやりとそんな事を考えながら天井を見つめているとふと、ふつふつと怒りが湧いてきた。いや駄目だ。私なんかより海藤の方が大きな怒りを抱えているから今回のこれに至ったのだ。



「失礼します」



聞き覚えのある声に顔を上げる。しまった。今一番会いたくはない顔だった。どうにも気まずいので身動きが取れない。海藤は私に気づいていないのか、大きな段ボールを反対側の机に置き、そのまま帰るかと思いきや仕切りの向こうにいる私をジロリと睨めつけて立ち去った。






「先輩もこんな感じだったんですかねー」

「うーん、話を聞いた感じだと近しいけどちょっと違うかも」

「ただこれ結構心にきますね、割と泣きそう」



はあ、と重々しい気分を床に二酸化炭素として吐き出す。放課後のこの場には佐藤先輩と鈴木先輩が居て、平介先輩は先生に呼ばれているとかで不在だ。いや悪いのはもちろん私なんだけども、あそこまで露骨に態度に出されるとどうにも。しかも、



「ま、平介の場合は避けられてるわけじゃなかったからねー」

「つか喧嘩したなら謝っとけよ」

「おっしゃる通りで…」



しかし、私は今まで誰かと仲違いをしてもそのまま私も離れて行くことが多かったし、それが最善だと思っていたのである。お互い傷つかずに済む距離感を保てるのなら、それに越したことはないだろうと、そう思っていた。しかし今回はそうもいかないのである。海藤と私はそれなりに長い付き合いだし、それなりに仲がよかったのだ。それまで相手を泣かすことはあれど泣かされることはなかったわけで、つまりは海藤から離れて行くような喧嘩をしたことはなかったのだ。



「海藤相手にごめんなさいって言うと多分私泣くんですよねー真っ向に謝ったことないから」

「誠意が伝わればありだとは思うけど」

「…何か…言葉でなく謝罪の意が伝わるような何か…」

「くそめんどくせえなお前」

「うぐっ、三枝は50のダメージを受けた」

「うっせ、さっさと行って来いクソガキ」

「クソガキ!?」

「まあでも、海藤くんも今回はあえて謝るのを待つ姿勢なのかもしれないよ」

「えっ」



佐藤先輩はにこやかな姿勢を崩さないままこう言った。いつも海藤くんは三枝さん相手に怒らないって言ってたよね、というかまあ怒らせてもあっちが下手に出ることが多かったんだろうけど、今回はそれが溜まりに溜まって爆発したんじゃないかな、と。



「いや…まあ思い当たる節は…」

「ある?」

「うぐ、はい」

「おいお前」

「えっ私ですか」

「ああ」

「なんですか、」

「まどろっこしいこと考えてる暇あったら悪かったの一言ぐらい言いにいけるだろ」

「鈴木ってば年下の女の子にくらいもう少し気を使ってやれないのか…」

「…や、本当大丈夫です。やっぱストレートに行きます、ね」

「ありゃ、本当大丈夫?」

「当たって砕けます、大丈夫ですありがとうございます」

「まるで告白しに行く人みたいだねえ」



告白ならもっと浮き足立てるんですけどね、そう言って鞄を背負う。さて、海藤の家に行かなければ。なんだか中学の時を思い出すみたいだ。確か最初に泣かせてしまったあの一件の時は自分の家の前で泣かせてしまったから、仮病だったゆえに海藤が泣き止むまで慰めながら彼の家まで送ってあげたのだった。口を尖らせながらやっぱり仮病だったんじゃないかと言われたのを今でも覚えている。まあしかしこんなに海藤をいじっていじって来たのによくもまあ殴られなかったもんだと冷静に考えてみるとそう思う。むしろこういう状況なんてまだ甘いんだろうなあなんて考えつつ、校門まで来たところでふと顔をあげればそこには。



「海藤…」

「……」

「ま、待って帰らないで!言いたいことがあるから帰らないで、」

「…なんだ、僕はもう帰らないといけな」

「先日はごめんなさい」



思い切り良く頭を深々と下げる。周りに人が居なかったのが幸いである。海藤は私のその言葉に驚いたのだろう、えっ、という一言の末黙り込んでしまった。海藤の顔を見るのが怖くて、下げた頭が上げるに上げられない。



「…」

「…」

「…とりあえず顔を上げてもらえないか」

「…はい」



海藤は私を一瞥して少し黙った後、周りを見渡して人がいないのを確認すると、バツが悪そうにしてようやく口を開いた。



「その、別にそんなにものすごく怒ってたとかそういうわけではないんだが…あの、一旦ああいう態度をとってしまった手前、どうにも戻せなくてだな…だから、何と言うか」



僕も悪かったんだ、と。まっすぐこっちを見てそう言うものだから、抑えてたものがぐっとこみ上げてきた。なんで、とぽつり呟けば、目の前の海藤が明らかにぎょっとした顔で私を見て、あたふたとし始めた。



「なんでそんな事言うの…」

「ちょ、なんで泣く」

「…私があきらかに全部悪いんじゃん、海藤わるくないじゃんバカ…」

「おい、な、泣き止んでくれないか…」

「うるっせえバ海藤、泣いてないしバ海藤」

「それは流石に無理があるだろう…」



まさか海藤に冷静につっこまれてしまうとは。すんすんと鼻を啜りながらバカバカ言ってたら、シュッ、とティッシュを出す音がして、それを目頭に押し付けられた。



「頼むから泣き止んでくれ、…その、ちらほら見られてるぞ」

「うううごめんね海藤…ほんと、今までも色々ごめん」

「…いいんだよ」







「私明日からサボるのやめるね」

「え?…それはいい心掛けだが…なぜだ?」

「サボんなきゃ海藤に迷惑をかけることもないし、サボんなきゃ宿題だって忘れにくくなるだろうし」

「…ふむ」

「今度勉強も教えてください」

「…仕方ないな、僕で良ければ」

「違うよ、海藤だから良いんだよ」



私のその言葉の意味がすぐに理解できなかったらしく、海藤は目を瞬かせた。まぬけ面だと笑ってやれば、うるさい、とすぐに反論が飛んできた。よかった。いつも通りだ。いやまあ意味深な言い方になってしまったのだけど、今も昔も海藤の事はとても良い友人だと思っているのだ。



「うし、これからもよろしく相棒!」

「おい待て勝手に相棒にしないでくれないか」



だからもうしばらく、私のちょっとしたワガママに対してため息をついて、諭したり、説教を垂れたり、結局そのまま付き合ってくれたりして欲しいのである。一人の友人として。この先高校を卒業をしても、大学が離れても、偶然再会したときに、「仕方ないな」と、困ったみたいに笑って言ってほしい。これもワガママだけど。



141222 / 時が笑うんだって

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