夏祭りが終わり、もう夏休みも終わりに近づいていた。課題が終わらない、というのは毎度の事で、夏休み終了3日前にして未だに結構な量の課題を残したままの私は泣き目を見ている。あの時サボらなければよかったのになんて今更後悔をしたって、どうあがいても後3日しかないのには変わりがないし、後悔をしても課題は進まない。しかしまあ家だとなかなか漫画だとかの誘惑が私を襲ってきて、集中しようにもなかなかできない。なんて思ってる所に着信。
「はーいもしもし」
『もしもし!』
「おー千鶴かい」
『そうそう、千鶴様!!!ねえねえ冬子課題終わってる!?』
「オーノー…」
『えっ嘘ん』
「まだ全然残ってる」
素直にそう言うと、千鶴は少し考え込むように黙ったあとに、そっかーじゃあ課題頑張ろうぜお互い!と言って電話を切った。まるで嵐のようだった。彼は結局どうするつもりだったんだか。まさか私の課題でも写そうとしてたんじゃあるまいな。なんて思って部屋のテレビをつける。生憎今の時間は大して興味をそそられるような面白い番組はやってなかった。すぐにスイッチを切る。と同時に扇風機の強い風が自分の顔に直にあたる。去年の夏くらいにクーラーが壊れた私の部屋は直すような暇もなく結局今年の夏になっても扇風機生活で。最近やっとクーラーを直したばかりの要の家のあのクーラーの涼しさを思い出しながら少し悔しく感じている。ちくしょう。
∵
扇風機を強風にした上に、下敷きで仰ぎながらワークの答えを写すという行為を淡々とすすめていく。たまに難しそうな問題のところだけ飛ばしたり、なんていう工作行為をしていると不意にインターホンが鳴った。出るとそれはさっきまで電話をしていた相手、千鶴が立っていたのである。そういえばさっきの電話の向こう側から蝉の声が聞こえてたかなあなんて思い返す。それにしても、なんでわざわざうちに来たんだろう。やけにニコニコした千鶴を無言で、半分だけドアを開けて訝しげに見つめていると、後ろからボソボソと声が聞こえる。
「ばれてるよお三方」
「ばれちゃったじゃんほら要の声がでかいから」
「お前がいらん事言うからだろうが!」
「ごめんね、いきなり押しかけたみたいな」
「…いや、それはどうでも良いんだけど、まさかとは思うけど」
「皆で勉強会しようぜー!!!」
「……」
千鶴が元気よく発したその言葉に、思わず眉間を抑えた。ああなんか急に頭が痛くなってきたような気がする。要の気持ちが改めて分かった。
「…どこですんの?」
「今から春ちゃんち行くから、春ちゃんちがいいなら春ちゃんち!」
「何よその行き当たりばったりな戦法。別にうちでもいいけど。エアコンないけど」
「え、いいの!?」
「まだ直してなかったのかよ」
「はは、まあ普通にあがりなせー」
そして四人を家に通す。四人ともうちに来るのは初めてじゃないから特になんの事なしにどんどん進んでいく。と、思ったら階段の前で全員止まった。何だろう。と思っていると、このまま上に上がって大丈夫?との事。ははあ、あんまり気にしないもんかと思ったら案外。
「別にさっさとあがればいいじゃん」
「お、男前…!!」
「ガサツとも言うんじゃないの?」
「祐希最近喧嘩売ってんの?」
「冗談だから、冗談」
祐希と相変わらずの軽口の叩き合いをしながらドアを開ける。むわんとした空気はこの部屋に留まったままだ。ああしまった、扇風機をせめて開けっ放しの窓に向けておけばよかった。
「そういや、春呼ぶんでしょ?メールした?」
「さっきした!」
「おっけー、それじゃ人数分飲み物持ってくるかね」
「手伝おうか?」
「え、や、いーよ悪いし、大丈夫ー」
「いやでもお邪魔してるのはこっちだし」
「まあそうはいっても、お客さんなんだし、ゆっくりしといてーそれじゃ!」
「あ」
言葉を最後まで聞かないまま扉を閉めた。悠太の申し出に思わず心臓が跳ねた。何となく夏祭りの時から、悠太との正しい距離が測れずにいる。何手繋いだぐらいでこんなんなってんだか。どこの女子高生だ。いや女子高生だけど。
「…はぁ」
「何ため息なんかついて」
「えっ、あ、…祐希」
台所の冷蔵庫からジュースのペットボトルを取り出しながら重苦しく息を吐き出した所にいきなり声がかかったのと、私がこうなってる原因の彼に声も少し似てたからいつも以上にびっくりしてしまった。そんな私を祐希はただ見ている。それから少しの沈黙のあとに、ようやく祐希は口を開いた。
「残念だった?」
「は?」
「悠太じゃなくて」
「…残念とかそういうんじゃないけど」
「ふーん」
「つーか、おりて来たんなら手伝ってよ」
「えー」
そんな風に普通に喋ってたけど、ふとさっきの言葉の意味を考えてみる。「残念だった?悠太じゃなくて」。つまるところ悠太じゃなかった事に私ががっかりしてると思って投げかけられた問いで、それは、そういう事なんではなかろうか。
「ちっ、が、祐希!」
「え、何…うるさいんだけど」
「さっきの!」
「え?あー違うんでしょ、さっきの見ててっきり悠太の事す」
「ぎゃああちがう!ばか!」
「いや、だからわかったってさっき言ったじゃん俺」
「…ああ…うん」
あれは、あの時、夏祭りの時はただ、少しだけ意識しただけで、あれで好きになった訳でないし。ちょっと期待したりしなかったわけではないけれどそれには理由があって。
「祐希、ジュース持っ…て、」
「祐希なら上に上がったけど」
「え、悠太?え?なんで」
「下にいるって聞いたから、お節介だとは思うけど手伝おうかと思って」
「あ、なるほどねー把握!えーと…じゃあこのジュースのパック持ってもらっていい?」
「いいけど、コップは?」
「私が持ってく」
「俺半分持とうか?」
「いや流石にお客様にご迷惑はかけられないのでね」
「んーまあでも、お客様以前に幼なじみだからね。たまには」
「わ」
悠太は先ほどの言葉の後にひょい、と私が重ねて持っていたコップを半分ほどかっさらっていった。ああ、やっぱ敵わないなあと。ほんとさりげなくそんな事ができる彼のその背中を追いかけながら思った。いつになっても悠太は私よりも一歩先を進んでいる気がする。すこしそれが悔しく思えた。と同時に改めて自覚するこの気持ちは、何度も噛み締めた。そう、さっきの好きになった訳じゃない、とは矛盾しそうで実はしてないのだけど、昔から、私は彼に恋心を抱いていたのである。だから改めて好きどころか、ずっと好きだったのだ。