何度目かの夏期講習の日。今日は私にしては珍しくも、遅刻してしまった。遅刻といっても本当に全力で来たんだけども、なんかギリギリアウトだったようで。勢いよくドアを開けた私に向けられるクラスメート達の目。これだから遅刻は嫌である。
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「どうしたの珍しい」
「コンタクトが…」
「そういやお前目悪いんだっけか」
「うん。それで朝眼鏡探してて」
「あったのか?」
「あったよー」
すちゃ、と持って来た眼鏡を出す。黒縁の何変哲もない普通の眼鏡だ。眼鏡は私には似合わないからあまり掛けたくはないんだけど、コンタクトがないのだから仕方がない。今日だけだ、と思いながら眼鏡を掛けた。久しぶりに掛けたからなんかずっしりと来る、ような気がする。
「まあコンタクトが無いと要族になるのが悲しいんだけど」
「おい」
「そしたら東先生も要族になっちゃうね」
「…あ、そういやそっか。前言撤回ー」
「んだよそれ」
そんな取り留めのない会話をしているとまたしても勢いよく開くドア。そしてきらりと輝く金髪と触覚。あ、要はめんどくさいのが来たって顔してる。
「冬子が!冬子が遅刻したってまじ!?」
「悪いの?」
「いや開き直るなよそこで」
「あ、眼鏡だ」
「コンタクトなくした。祐希かけてみる?」
「いやいい」
「大丈夫ですか、冬子ちゃん?」
「まあ大丈夫だと思うよー」
ちょっとコンタクトよりも眼鏡のが度が弱いけど。そう言ってちょっと苦笑いを浮かべる。コンタクトを買ったのは高校入ってすぐだから、眼鏡はそれから買い換えてない。度が合わないのも当然といえば当然かもしれない。そして今の私の席は一番後ろという。授業大丈夫かなあなんて心配をしながらも眼鏡を外した。
「見えます?」
「かろうじて」
「まあゆうたん横だしさ!ノート見せてもらえば良いじゃん」
「あーそうだねえ、悠太頼んでいい?」
「うん」
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そして問題の授業。なんか微妙に文字が見えにくいような…てか文字小さい、わからん。といった感じで心中にて奮闘していると、カツンとシャーペンが机を叩く音。音の方向を見てみる。悠太だった。そしてノートを手渡され、小声で話しかけられた。
「もう写し終わったから」
「…ありがと」
「あとなんか凄いしかめっつらだったよ」
「嘘ー」
ぐりぐりと眉間を押さえてみる。やっぱり眼鏡を買い替えるかした方がいいような気がする。コンタクトをまたなくした時に困りそう。いやそんなしょっちゅう無くしても困るんだけども。
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「本当ありがとねー悠太」
「いえいえ」
「眼鏡もうやだ」
「いいんじゃない?」
「なんで」
「普通に似合ってると思うけど」
「は、」
「どーん」
「ちょっと祐希何すんのよ」
「抜け駆けは許しません」
「えっまさか私に言ってんの!?」
「うん」
「えええそこは私じゃなくて」
「大丈夫?」
「何が」
「頭が」
「かっわいくねーの、祐希のばーか」
「何やってんだお前らは…」
頭上から要によるため息ひとつ。あ、眼鏡1号。と祐希が声をあげた。もしかして2号が私とか言うんじゃ無かろうか。とか思ってると案の定2号さん、と祐希が私を呼んだ。
「2号さんてダレカナーワカラナイナー」
「冬子」
「…やっぱり?」
「うん」
「で、どしたん」
「呼んでみただけ」
「そか。てか千鶴と春はー?」
「ジュース買いに行ったよ」
「あっくそいちごオレ頼めば良かった」
「俺いちごオレ頼んだけど」
「えっ」
「あげないよ」
「けち」
「いやケチもなにもお前飲み物回し飲みしてもいいのかよ」
「もしや間接キスうんたらとか言いたいの?要は」
私の言葉に要は図星だと言わんばかりに言葉に詰まった。今どき間接キス気にする幼なじみなんている?と問いかければ要は黙り込んだ。
「いやあウブだねえ」
「むっつりくんだからねえ要は」
からかうようにそう言った私と祐希は要に頭をはたかれた。本当に要は短気だ。それよりもこの間心の中で千鶴を学習能力がないとか言ってはいたけれど何だかんだ言って私と祐希も幾度となく要をいじって来たのだから一緒かもしれないなあ。なんてちょっと心のすみのすみっこで思ったり、思わなかったり。