ぼくは青い

夏特有のむわんとしたまとわりつくような空気がこの部屋には漂っていた。一筋の汗が流れて、それをタオルで拭って、ぱたぱたと手で風を送る。さっき扇風機をつけたばかりだが、やはりこの部屋を涼しくするには至らなくて。氷がたっぷり入った麦茶と、一定の期間をもって自分にくる扇風機の風くらいが救いである。窓は開いているけれど、外はほぼ無風状態なので全く現状を打破するには至らない。あと、男だらけだし。



「誰か女連れてきてよすげえ可愛い人」

「女が言う台詞かよ」

「女だから言うのよ」

「…そんなことよりも千鶴溶けてるよ」



悠太が発したその言葉に一同千鶴の方を見る。あ、本当。やけに静かだと思ったらこういうことですか。千鶴はテーブルに広がっている夏休みの宿題の上につっぷしていた。ああ、要の家のクーラーが壊れなければ。



「あーづーいー…」

「千鶴夏の男って感じするのに」

「まああれでしょう祐希、夏の男なんてものも所詮はこの暑さに溶ける程度の奴だったんだよー」

「うーわ、夏の男しょぼ」

「…黙って聞いてればさ!随分と酷いじゃんゆっきーと冬子!」

「夏の男復活しましたが」

「溶けたまんまで良かったのに千鶴ってば」

「なんだとう!」

「ちょ、ちょっと三人とも落ち着いて…!」



わたわたと春が慌てて私たちを止めに入る、というか暴走しようとしてるのは千鶴であって私たちはいたって通常運転である。そんな様子をみて要が若干苛立ちを見せたような溜め息を吐いた。



「お前ら今日勉強しに来たんだろうが」

「いや、最初に要んちが涼しいからって言い出したのは千鶴だから」

「俺のせい!?」

「いやどうやっても千鶴のせいです」

「ねえ、どっか別の人の家行くー?」

「俺んちもエアコン修理に出してるし、春の家とか?」

「あーうんそうだね」

「あ、大丈夫ですよ!じゃあ僕の家に行きますか?」



そんな感じで春の家に行く方向で話が進んでいたのだが、私はふと思い出したように財布の中を漁る。そこから出てきたのは一枚の割引券。それには近所のカラオケ店の名前が書いてある。



「冬子なにそれ、カラオケの割引券?」

「そーですカラオケの割引券です!どうだいみなさんこの割引券片手にカラオケしつつ勉強もしようではないか」

「駄目だ」

「なんでよ」



お前ら絶対に勉強しねえからな、と要は眉を顰める。



「えーそんなことないよー千鶴くらいだよ勉強しないのなんてさ」

「えっ」

「じゃあ千鶴だけお家で勉強できるね」

「嬉しくねえよゆっきー!」

「ちょうどいいからそのまま家から出てくんなしばらく」

「まあまあ…千鶴くんも一緒に行きましょう?ね?」

「春ちゃん…!どっかのがり勉眼鏡くんとは大違い…!」



そこ感動してるとこ悪いけど、千鶴の後ろにそのがり勉眼鏡くんもとい塚原要くんが丸めたワーク片手に立って居るのですが。いち早く要に気づいた春は青い顔をして千鶴と要を交互に見ている。対する千鶴は気づきもせずにぐちぐちとだいたい要っちはさあとか言ってる。あ、やばい。心の中で数えた5秒のカウントぴったしにバコンという音。千鶴は後頭部を押さえて震えていた。学習能力がないのだろうか、千鶴には。いや、あるはずがない。あったら今頃叩かれてないし。







「だいたい要っちはさあ!」

「2発目行くかアホザル」

「千鶴も懲りないね、ドイツ語喋れるんだからドイツ語で愚痴ればいいのに」

「…!そうかそうだったのか」

「ダメじゃん千鶴顔でバレるし」

「前例忘れたのあんた」

「ああああちくしょうめ!!」



しまったーだとか喚く千鶴を横目に、私たちはなんだかんだカラオケ店へと歩いていた。にしても男5人に女1人とは、なんとも異様な光景である。道行く人もちらちらと私たちを見ている。なんかこれじゃあ私が男を侍らせているみたいだ、困った。誰か女の友人が一人くらい居ればなあ、女の友人女の友人…



「茉咲、そうだ茉咲だ」

「茉咲がどうかしたの」

「茉咲呼ぼうかなーって」

「好きにしろ」

「メリー!?メリー呼ぶの?」

「ちょっと千鶴うるさい今茉咲にメールしてんのー」

「いいですね、茉咲ちゃんが来たらきっと今より賑やかになりますよ」



春のその言葉に対してため息とともに言葉を吐き出したのは要。また眉間にしわがよっている。



「勉強するんじゃなかったのかよ」

「あっ、そうでした!僕すっかり忘れてて……」

「まあ、たまにはぱーっと息抜きも必要でしょ。いいじゃんまだ夏休みはあるんだし」

「それはそうだけどなあ悠太…!」

「あ、しまった勉強会って書くの忘れちったー葉月ちゃんってばまじドジっこなんだからなあー困っちゃうなあー」

「てんめえわざとだろ!」

「ばれたか」

「いやばれるだろアホが!」



そんなやりとりの中私の携帯が茉咲からのメールの返信を知らせる。行く、行きたい!とのことで。カラオケ店〇〇の前で待ってるね、と返信。



「茉咲来るって?」

「うん、超嬉しそう」

「だろうね」

「ねえねえ、メリーくんの?メリーくんの?」

「来るよ、良かったねー」



ぱたんと携帯を閉じて、じりじりと太陽が照りつける暑さの中をカラオケ店目指して進んでいく。ああ、これは絶対日に焼けた。なんて別にどうせ気にもしないような事を思いながら、横にいるなんだか嬉しそうな千鶴を見る。



「…青い春ですなあ」

「ですねえ」

「えっ、ちょっと冬子にゆっきーやめてそういうこと言うのー!」

「事実だもん、ねえ祐希?」

「ね」

「くそう、こいつら…」

「あ、茉咲きた」

「えっ」

「嘘だけど」

「祐希ナイス!」

「もう本当やめて俺っち死にそう!」



とかやってたらもう要と悠太と春は私たちよりちょっと先を歩いてて。走って追いかけた。こんな感じでぎゃーぎゃーわいわいがやがやとしながら、若者たちの夏は騒がしく過ぎていくのでしたとさ。




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