その鼓動におかえりを言ってあげる

「…私は、悠太が好きだよ」



ガタン、と一際大きく扉が音を立てた。しーっ、なんて声は丸聞こえだ。扉の向こうの彼らには今さっきの私の言葉も聞こえていたのだろうか。残り五分だ、さあ、どうしたものか。早く行かないと授業遅れるよ、と悠太の胸をトン、と押した。私はここで休んで行くから。そう言うと悠太はまだ何か言いたそうだったが、このままだとあいつらも遅れちゃうよ、と諭すと悠太は名残惜しそうに、じゃあ、また後で来るから、と残してドアを開けた。スライド式のドアの外側からはぎゃあという叫び声とかが聞こえてきたけど、私は聞かなかった事にして誰も居ないベッドに横たわる。





ついに言ってしまった。不思議と後悔はなかった。ない、筈なのに。天井の蛍光灯がじわじわと滲んだ。これから、悠太と気まずくなってしまったらどうしよう。幼馴染という居心地のいい枠組みを越えようとしたのは自分なのに。涙の滲む目を隠すように私は氷嚢をずる、と少し下に下げた。と、それと同時にドアがふたたび開いた。びく、と肩が跳ねる。

そっと氷嚢を少し上にずらすとそこに見えたのは、



「ゆ、うた、なんで」

「さっきこの次の英語の先生に会ったから俺頭痛いんで休みますって言ってきた」

「ちょ、馬鹿じゃんなにやってんの」

「馬鹿はどっちだろうね」



悠太にしては珍しくそうきびしい口調で言われた後に、泣いてたんでしょ、とずばり言い当てられたものだからベッドに座った私はズズッ、と鼻をすするのを返事の代わりにした。「やっぱり悠太には敵わないなあ」と言ってへらりと笑ってみせば悠太は少しだけムッとした。あ、機嫌悪くしたかも。悠太は少しの沈黙の後、こう言った。



「…さっきの、本当?」

「私があんな嘘つけるわけない」

「うん、そっか」



悠太はゆるやかに安堵したように微笑むと、私の右手をそっと握った。心臓がばくばくと緊張するように早く鼓動を刻む。悠太にこれが聞こえてしまわないか心配になるけれど、悠太は気にした様子もなく口を開いた。



「良かった」

「は?」

「いや、俺と一緒だなって思って」

「何が」

「冬子の好きが、俺と一緒で安心した」



そう言って頭を撫でられたけど、私の頭の中でその言葉を整理するのに少し時間がかかって、やっと意味を理解した時には、顔のあたりがぶわ、とあつくなった。夏のせいだと思いたいけど、この部屋にはさっきまでクーラーがついていたのか、涼しさの名残みたいなものがあって今の今まで全然暑くなかった。それなのにこれだ。震える声で悠太、と呼べば、ん?となんとも穏やかな返事が返ってきた。



「え、まって、ほんとに?」

「本当」

「…よ、良かった…」



私も安堵の息をついたところで、一つ思い出した事がある。それはちょっと前の祐希の言った言葉。悠太が女の人と歩いてた、それは、本当なのだろうか。告白された後とかだったりするんだろうか。



「ゆ、悠太」

「?」

「あ、いや、そういえば昼休みどこ行ってたのかなー…って」

「え?ああ、東先生に呼ばれてちょっと運びものの手伝いしてた」

「それだけ?」

「え、うん」

「…祐希のやつめ…」



騙された。まんまと騙された。でも祐希的にはそのまま私が飛び出して悠太を探すと思ってただろうからあの時の悠太の登場は予想外だったに違いない。まあそれにしてもお節介な友人である。



「あ、そうだ言うの忘れてた、冬子」

「えっ」

「俺と付き合って下さい」



ぐうの音も出ない。もう結局敵わない。私はとにかく黙って頷くことしかできなくて。悠太は微笑みながらまた私の頭を撫でた。なんか今日はいつもより悠太の表情がよく変わるなあなんて思いながら、甘んじてそれを受けた。火照る頬を冷ますためにさっきの氷嚢を当てる。でも氷はとっくに溶けてすべて水になってしまっていた。五時間目が終わるまであと十五分。教室に帰ってきたら要たちからなんて言われるだろうか。想像したらなんだか笑えてきた。楽しみ、というか、何という
か。







五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室に帰ってきたらもうそこにはすでにいつものメンバーが待っていた。そのメンバーからの視線と、クラスの人からもちらちらと物珍しそうな視線を受け取り、まず最初に私は祐希のところへ向かった。そして悪態という名の一言。



「あんたハッタリだったでしょ、昼の、悠太が女と歩いてるってやつ」

「あれ、もうばれた」

「千鶴もグルと見たけど」

「ぎゃっばれた」

「え、俺女の人と歩いてたの?」

「って言われたから!屋上から出ようと思ったらあれだよ」

「あーなるほど」

「あとちなみに、保健室の会話どこまで聞いてた?」

「俺はゆうたんに意地悪って言ってるとこまで聞こえたけど!」

「僕もその辺で…」

「右に同じく」

「へーまじで聞いてたんだあ」



私のその言葉に三人は墓穴を掘ってしまったとばかりにしまったという顔をしていた。ただ一人涼しい顔をして漫画を片手に読んでる祐希を除いては。おかしい。祐希がここで発言しないなんて。一人だけ違う回答を持ってるからここで言わないのではなかろうか。



「…祐希」

「俺はその後もちゃんと聞こえてたけどね、悠太が好きもごっ」

「うわ馬鹿!!!まだ言えとか言ってない」



クラスの人からしてみればこういう情景は見慣れたものだろうしちらちらと見ては来るけどいつもの事か、と言った感じで流してるみたいだったので安心した。さっきの祐希の言葉もあちらには届いてないからこんなに周りの時間が穏やかなんだろう。もごもごと、祐希はまだなにか言ってるが私は彼の口に添えた手を離す事はしなかった。



「…冬子、」

「なに」

「そろそろ手離してあげたら?」

「…、しょうがない。祐希さんあんたちょっと発言には気をつけてね周りに聞こえたりしたらやばいからね」

「はいはい、で結局二人はどうなったわけ」



祐希がため息交じりにそう言うと、あとの三人が興味津々といった感じでバッとこちらを向いた。私は隣の悠太と顔を見合わせて前を向く。いわゆるアイコンタクトというやつで、もうお互いにどう言うかは示し合わせてある。



「…答えは放課後に、ということで?」

「ああうんそうだね、気まずくなるもんね今言っちゃうとね」

「ね」

「えっ何それどういうこと!?」

「ち、千鶴くんあまり深入りしないほうが良いんじゃ…」

「ああそうだ隣のクラスの方々、次の授業まで三分切ったけど」

「やばい!次移動だった!」

「あっそうでした!」

「えー…めんどくさ」



各々いろいろ言いながらもパタパタと急いで走り去って行った。それを黙って見送った私たちは席に着く。要は気になるという気持ちが隠しきれないのかちらっと私たちを一瞥しながらもすいっと目をそらして自分の席に戻った。



「あれで微妙に誤魔化せるもんなんだねえ」

「ね。びっくりだね」



そうして私は少し笑って、時計に目をやる。今からおよそ一時間半ほど後である放課後に、彼らはどんな顔をして来るのだろう。早く授業が終われば良いのに。わたしはカツン、カツンとシャーペンの後ろの部分を机に当てた。それを四回ほど繰り返したところではじまりのチャイム。結果この50分間、授業の内容は結局頭に入ってこなかった。



130825

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