小説 | ナノ

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「なー黄瀬、またフられた」

「えっ」

「フられた」

「ええっ!?」


中学からの友人である黄瀬はその言葉に驚いたように目を見開いてこちらを見た。私は黙ってジュースに口を付ける。吸い込んで口の中にぱちぱちと弾ける炭酸とコーラの味が広がる。指折り日付でも数えてたらしい黄瀬はまだ付き合って一ヶ月経ってないっスよね、と呟き、黙ってそれに私は頷いた。またか、と思っているに違いない。どういう訳だか私は、付き合った男と全然続かないのである。しかも毎回フられる理由は同じで、ほぼみんな口を揃えて言うのだ。


「『思ってたのと違う』っスか?」

「…は?何よ、分かってんなら聞かんでくれる?」

「ごめーん、にしてもいつもに増して不機嫌っスねえ」

「しゃあしいわ」


そう言ってストローを噛む私に黄瀬は苦笑を浮かべた。多分その態度とかじゃないっスかねえ、とポテトを摘まみながら黄瀬はそう言う。その言い草だと常日頃の学校生活において私が猫を被っていると、そういう事になってしまう。そんなやけにいつもと違う態度を他人に取ったりしたような覚えは、私にはないのだけれど。と思っているとそれを見透かしたように黄瀬はこのような事を言った。


「何となく分かるんスけど、佐々木っちはいつも変わらずクールなままだけど多分男からしたら佐々木っちの別の一面も見たいと思う気持ちがあったんじゃ無いっスかね?」

「甘えるとか?」

「そう」

「あー…それは考えちょらんかったわ、別に普通でいいんやないかと思ってた」

「まあ別に自然体でも良いとは思うんスけどね、猫被りよりは」

「…てか、私のこの方言が悪いんやないん?」


ずっと思ってた事だ。中2になった時に地元からこちらへ来たのだ。なかなか染み付いた方言は抜けなくて、結局直そうとするのは中3で諦めた。変な喋りだと言われはしなかったものの、聞き返される事は結構あった。それに、皆が標準語で喋ってる中方言丸出しの私、というのは中々に恥ずかしいもので、自分では開き直ったつもりでも実際そうでもなくて。そう思い出せば、ネガティブになった思考は急降下していく。


「…直そうかな、方言」

「そんな事しなくてもいーんじゃないっスか?」

「何でそう思うんよ」

「俺はいいと思うっスよ、方言!なんか方言使う女の子って可愛いし、」

「もしかして慰めてくれちょるん?」

「いや慰めとかじゃないっスけど!」


とにかく過去の男の事なんか今さら気にしてどうするんスか、絶対佐々木っちの事好きになる人現れますって!と、黄瀬は元気良くそう断言した。私はそれに言葉を返すでもなく黙ってコーラを飲み続けて、少し緩む口元がばれないように下を向いて。しかしまあどんだけ頑張ってもばれないなんて結構無理な話で。結局のところ黄瀬が下を向いた私が悲しんでると思ったのか覗き込んで来た事でばれたのだが。


「…佐々木っち、嬉しい?」

「ばれたか」

「だって口元にやけてるッスもんね」

「そういう黄瀬もニヤニヤしちょうし」

「気のせいじゃないっスか?……これだから役得っスわ」

「最後何ち言った?聞こえんかったんやけど」

「何でも無いっスよ!」


そんな風にはぐらかされてしまって、聞きなおす事もできず、私が頼んだコーラも、黄瀬が頼んだポテトもなくなっていた。そろそろ帰るかと尋ねれば、そうっスね、と携帯の時間を確認した黄瀬は答える。トレーを二人分返しに行くと、誰かとぶつかってしまった。慌てて謝ってぶつかった相手を見れば、それは、


「黒子くん!」

「どうも」

「えっ黒子っちいるんスか!」


私がちょっとだけ大きな声で黒子くんの名前を呼んだため気づいたらしくそう言って立ち上がった黄瀬だったが、それと同時に彼の携帯が着信を告げた。というわけでこちらに来ずに黄瀬は電話に出て話し出す。それを見つつ黒子くんは空のバニラシェイク片手に私に話しかけてきた。


「仲睦まじいですね」

「皮肉ってるの丸わかりやけね、黒子くん」

「…彼もそろそろ勘付いてますよ」

「は、」

「自覚してないんですか、佐々木さん」


果たして自覚とは何の事なのか。ばれてるって、何が。そんな不安感と疑念が混ざり合って頭の中を渦巻く。黒子くんはバニラシェイクの空を捨てると、ああでも、と思い出したように呟きを零して、そのまま消えるように去って行った。その直後に黒子っち!と叫びながら黄瀬が戻ってきた。がもうそこに黒子くんは居なくて。


「佐々木っち、黒子っちは!?」

「帰った」

「ええっ!…ってどうしたんスか佐々木っち変な顔して」

「何でもない。黄瀬、帰ろうか」


そう言って踵を返した私に黄瀬は首を傾げながらもついてきた。私は黄瀬の前を歩きながら黒子くんがおいて行った言葉について考える。


「まあそれにしたって、黄瀬くんも別に嫌がるでもなく毎回佐々木さんの話を聞いてるくらいですから、彼もきみに少なくとも好意は抱いてるんでしょうね」


そんなの知るわけない。大体それは、黒子くんの推測で、確定した情報じゃない。というか彼もって何だ、その言い方だと私が彼の事を、彼の事を?…何とまあ、それならさっきの黒子くんの言う自覚とやらも説明がついてしまう。立ち止まった私を、黄瀬が心配そうに見てきた。


「どうかしたんスか?」

「…ねえ黄瀬、屈んでくれん?」

「?こうスか」


そうして屈んだ黄瀬のほっぺを思いっきりつねって引っ張ってやった。痛い痛い痛い!と悲痛な叫びが聞こえる。ぱっと離してやれば顔は駄目でしょとかなんとか喚いてる。ああなんか、今のですごい気が済んだ感。それをそのまま言葉に出してしまえば、理不尽ッスよ、と眉を顰められた。


「ふふ、痛かった?」

「そりゃ痛かったに決まってんじゃん!」

「ちょっともやもやしちょったけど黄瀬のその顔見てたら吹っ切れた」

「それどーいう事スか…」

「はは、知らんわそんなん」

「さっきから佐々木っち変っスよー!」

「そんな事ないちゃ、それじゃ黄瀬。今日はありがとねーまた明日」

「あ、はいっス…?」


別れ道に差し掛かったのでそう早口で言って足早に去っていった。少し傾いた冬の夕日を視界にちらちら入れながら、歩みを緩める。私の携帯がメールの受信を告げる。着信音でそれが誰だか判断はついてる。でも今はそのメールを開くのが躊躇われた。私は立ち止まってさっき歩いた道を振り返って、黒子くんの言葉を思い出しながらこれから先、どうしようかなんて考えた。


130206
plan. 方言女子

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