例のメールを梓に送りつけてから二週間。相も変わらず追いかけっこは続いている。朝偶然出会ったらまず追いかける。梓は全速力で逃げる。の繰り返しだ。昼はあえて追いかけずに放課後見かけたら追いかける。とはいえ一樹くんが言っていた怪我に気をつけろとの忠告を未だに心にとどめてはいて、無理はしないようにと心掛けつつ私も彼が全力で逃げるならと、全力で追いかける。流石に一週間丸々そんな感じなので学校に噂は広がっていた。



「失礼を承知で聞きますが、結さん、飽きないのですか?」

「なんでよ?」

「いえ、二週間も追いかけてるとどちらか片方くらい飽きてしまってもおかしくないのに、と思って」

「あ、それ私も少し気になります…!」



放課後、生徒会室。颯斗くんと一緒に資料整理をしていると、そんな事を言われてしまった。パチン、と資料を留めるホッチキスの音が止まる。言われてみれば、である。隣で一緒に作業をしていた月子ちゃんも興味深そうにこちらを見ていた。適当に誤魔化そうかとも思ったけれど、いやあどうもかわいい後輩には弱いようで。



「…うんまあ、例外なのかもね」

「例外?ですか」

「飽きる飽きないの物差しではかれない、かもしれないとか?」

「へええ…」

「…なかなか難しいのですね…」

「あれ、この答えで満足なの?」

「まあ、そういうものだと」

「うん、そうですね」



再びホッチキスを留める音が鳴りはじめる。何枚目かの資料をまとめ終わった直後に、隣の実験室から大きな爆発音が。もはや恒例行事と化した研究失敗の音。会長の怒声と慌てたような翼くんの声がかすかに聞こえる。また掃除しないといけないなあと溜息をついてもう一部だけ資料を留めて立ち上がる。



「ちょっと様子みてくるから作業してて?」

「いえ、女性が行くには危険です、僕だけで行って来ますよ。女性二人ともに怪我させてしまっては大変ですから」

「えっ、あっありがとう颯斗くん…!」

「じゃ、お言葉に甘えてお願いしよっかな副会長」

「ふふ、では行って来ますね」



その笑顔に若干含みがあったのは、月子ちゃんも私も気づいたけど何も言わなかった。代わりに一樹くんと翼くんにご愁傷様です、と心の中で呟いておいた。そうして作業していた生徒会室には、月子ちゃんと私しか居なくなった。月子ちゃんと二人きりになるのはいつぞやの相談の時以来かもしれない。その後は食堂で会う時も彼女の幼馴染が一緒だったりということも多かったためである。梓とのことについて気になることもまだまだあるのだろう、月子ちゃんはそわそわと何かを尋ねたそうにしていた。なんだかその姿が微笑ましくて、つい噴き出してしまう。



「なんか気になることあるんなら聞いてもいいんだよ?」

「!あ、じゃあちょっとだけなんですけど」

「どーぞどーぞ」

「…その、先輩って梓くんになんて呼ばれてるのかなって」

「ああ、今は高梨先輩呼びされてるよー」

「そう、ですか…」

「うん?うん」






以前、部活終わりのときのこと。私が梓くんにそれとなく結先輩のことを聞いてみたことがあった。梓くんは今も結先輩とはお話しないの?と一言。梓くんはその問いに目を丸くして、きょとんとした表情でなんのことないような感じでこう返してきたのだった。



「結さんが今は鬼ごっこの時以外話しかけて来ないですしね」

「…うん?あ、そうなんだ」



待ちの姿勢なのかあ、とその時はそれで終わったのだけども。思い返してみると少し違うところがあるのに気づいた。梓くんは先輩のことを今まで高梨先輩と呼んでいた。あの食堂の時だってそうだ。それがどうだろう。結さん、と呼んでいたのである。呼び方を切り替えたにしては、その呼び方は梓くんの声にすごくしっくり乗っていた。結先輩の話を聞いてそんなに時間は経ってはない時だったので、きっと昔はそう呼んでいたのかな、と一人納得はした。

それはあながちハズレでもなかったみたいで、今は結先輩のことを、梓くんは高梨先輩と呼んだままみたいだ。きっとこのままじゃ良くないんだろうなあ、と思いながらも、ただの後輩である私には目の前の先輩に言葉をかけることしかできない。







「…先輩、結さん、ではなくてですか?」

「なんで、それ」

「多分、梓くんは先輩から本気で逃げたいわけじゃないと思うんです…!」

「…はは、似たようなこと犬飼にも言われたっけ。多分梓、月子ちゃんに対しては私のこと結さんって呼んだんでしょ」



どうやら図星らしく、目の前の後輩は「はい、」と返事をしたきり黙り込んでしまった。きっとぐるぐると言葉を探しているのだろう。本当にどこまでも優しい後輩だ。どこぞの幼馴染にも見習って欲しいくらいの。同時に、月子ちゃんからその話を聞いてひどく安心した私がいたのだ。やっぱり本気で嫌われているわけではなかったのだと。お礼を言わなければ。

そうして彼女が言葉を探し終える前に、私から声をかけた。



「その話聞いてちょっと安心できた。ありがとね月子ちゃん」

「いえ、私は何も。あの、最後に一つだけいいですか」

「はーい?」

「私、応援してますから。先輩のことも、梓くんのことも」

「…うん、ありがとね」



パチン、ともう一部の資料を留めた時に、ちょうど激しく音を立ててドアが開いた。一樹くんと翼くんがボロボロになって生徒会室に戻ってくる。その後ろからやけにニコニコした颯斗くんも。早くもこの光景すら見飽きてきた。何度目だろうか。

まだブツブツと文句を垂れてる二人に対してため息をつきたい気持ちを抑えつつ、窓の外に目をやった。新緑が揺れている。もう春はとうに過ぎ去っていた。



「そういやもうすぐゴールデンウィークかあ」

「あ?なんか予定でもあるのか?」

「無いから困ってんの。実家にも帰らないし」

「宇宙科はゴールデンウィーク中もロードワークは怠るなって言われたのだ…」

「まじか、これは私もゴールデンウィークの朝ランニングコースだね」

「ゴールデンウィーク中も続けるつもりかよ…」



冗談に決まってるでしょう、と笑う。とはいえ明日を乗り越えたらゴールデンウィーク。休みは嬉しいが、その間は梓をろくに追いかけられないことになる。それは痛いなあと思いつつ、明日こそ頑張らないと、とも思いながら資料の最後の一部を留め終わった。




150325



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