∵を境に視点がコロコロ変わります。





その日部活が終わってから着替えて、鞄の中の携帯を出せば、新着メール一件の文字。一体誰からだろうかと開けば、見知った幼馴染である彼女の名前と、「覚悟しとけよ!」と一言だけ添えてあった。どういった意味合いでこれを送ってきてるのか、判断に戸惑ったものの、とりあえず明日何かあるのだろうと一人で納得して、まあそんな大した事ではないだろうとたかをくくって居た、のだが。

翌日、それがたいへん甘い考えだったのだと知らしめられることになる。



「こらああぁ待て梓!」

「うわなんで追いかけて来てんですか!待つわけないでしょバカじゃないんですか!」

「うるさい止まれ!」

「やですよ!」



流石に宇宙科として毎日欠かさずロードワークはしてるし、だいたい男女の体力差だってある。高梨先輩が僕に追いつけるわけはなくて。だんだん遠ざかる彼女を見ながら考えを巡らせる。何故だ?何故僕は追いかけられているのか。今まで逃げて来た彼女が、あの時僕から逃げた彼女が、何故?先輩を撒いて教室に飛び込めば、翼が驚いたように目を丸くしてどうしたのだ?と尋ねてきた。



「…ちょっと、ね」



そうして濁せば怪訝そうな顔を隠すことはせずとも深くは追求してこなかった。そんな翼の様子を一瞥して苦笑しながらもまだ思考は巡る。あの時のことを謝りたいとか?いや先輩にかぎってそんなことでわざわざ追い掛けて来ないだろう。それかもしくは、あの時の答えを僕に言いにきたか。今更そんなわけはない、と思いつつも、一番有力なのはそれだろう。もしそうだとしたら、



「まだ、捕まりたくないな」







好きだよ、と梓から言われたあの日のことを思い出してみる。前は結構仲は良くて、確か一緒にご飯を食べに行ったその帰り道で、あと少しで家に着くってところだった。ぐい、と服の裾を引かれた私は思わず振り返ったのだった。



「ねえ、結さん」

「お?どしたの梓ー」

「好きだよ」

「…へ」



その時の私の顔はすごく間抜けだったのではないかと思う。一瞬家族愛的な意味でかと思ったのだけど、家族愛とかと一緒にしないでね、と問う前に言葉で塞がれてしまったので、ああやっぱりそういう意味なんだなと頭の隅で納得してしまう私が居た。でも同時に、この先を考えてしまうと途端にとても怖くなった。梓がではなくて、先の見えない未来が。

そうして私は一歩踏み出して、駆け出した。待って!と梓が私を呼んで居たが御構い無しに全力疾走。足音は私を追いかけてきている。追いつかれたらどうしたら、どうしたら。そう思いながらもう少しで追いつかれそうなところで家に飛び込んで、伸ばした手が私に近づく前にドアを閉めた。ドン、と何度かドアを叩く音がしたものの、すぐに静かになってしまった。ごめん、梓。今の私と付き合っても多分梓は幸せになれないのだからと、あの頃はそう思っていた。



「…結構私もめんどくさいんだなあ」

「自覚があるとは驚きだな」

「おお一樹くんだ、やっほー」

「おう。最近ちゃんと授業サボらず出てるらしいじゃねえか」

「すごいでしょう、褒めていいんだよ?」

「当たり前のことをやっとやり始めた奴を褒めてどうすんだよ」



呆れたように笑う生徒会長。だがその笑みは優しい匂いも帯びていた。やがて一樹くんは向き直り、こう一言。



「元気が良いのは大変結構だが生徒会庶務、廊下を走って怪我すんなよ」

「なに、見てたの?梓との追い掛けっこ」

「見てたもなにも噂になってたぞ、なんか一年の木ノ瀬が三年女子に追いかけられてたって」

「あーみられてたんだねえ、いやあ噂が回るのも早い早い」



軽く賞賛の意を込めて手を叩けば、少し眉を顰める一樹くん。多分さっきの怪我するなの一言も、普通の注意ではないんだろう。いやあ分かってるんだけどね、こればかりは。



「まあこれで怪我したとしても勲章だよね」

「馬鹿、一応お前も女子なんだからもっとシャンとしろよ。そりゃあただの鬼ごっこってわけではないんだろうが」

「一応って言った?今一応って言った?」

「気のせいだろ?じゃあ俺は戻るから、さっきの言葉をよく肝に命じておけよ!」



彼なりの忠告、なのだろうなあ。その忠告を無下にするのもあれなので、心にはとどめておこうと思う。そうして入れ違いのように、誉くんがこちらへやってきた。



「木ノ瀬くんを追い掛け回したって?」

「うん誉くんには速攻バレるだろうなあって思った」

「ちょっとした噂になってたからね」

「んんん、そんな大した事ではないんだけどなあ」



私がへらへらしたままそう言うと、誉くんは対照的にあはは、なんて苦笑い。なんか誉くんって普通に困ったように笑ってても時折怖いこと言うんだよなあ。と心の底で警戒しているとこんな一言が。



「まあ、いたちごっこにならないようにね?」

「………それって、」

「うん?高梨さんはもう分かってると思ってたんだけど…」

「…私が梓を捕まえようとすればするほどあいつが逃げるってことだよね?」

「そうだね、多分彼はそうしそうだな、と思って」

「まあ…確かにねえ」



多分梓は私が追いかけるその理由にはとっくに気づいてる頃だと思う。多分次に追い掛けた時には、理由を知った上で梓は全力で逃げるのだろう。こんなもんじゃないのだと。僕があなたに逃げられてたのはこんな時間じゃあまりにも計れないのだとでも思いながら、きっと。勿論体力面、スピード面では絶対に梓に勝てるわけがない。だとしたら。



「それでも私は、梓が疲れて、諦めて、少しでも速度を緩めるまでは全力で追いかけるよ」

「緩めたら?」

「速攻捕まえる」

「…やっぱり、高梨さんならそう言うだろうなって思ったよ。結構頑固だもんね」

「あれっそれ褒めてる?」

「もちろん。…あ、そろそろ予鈴も鳴りそうだし僕ももう行くね、それじゃ」

「ほい、お二人してご忠告ありがとね。気をつけるわ」







開けっ放しの教室のドアが閉められる。視界の端には水色。視線をあげればかち合う。水色の彼はドアの端にひっそり立っていた僕をしばし見つめては可笑しそうにクス、と小さく笑った。多分これ最初から気づかれてたんじゃあなかろうか。やはり部長は一番侮れないと言うか、怖いと言うか。



「…だって、木ノ瀬くん?高梨さんに気づかれなくて良かったね」

「…部長も、結構いい性格してますよね」

「いやいや、そんな事ないよ。それじゃあ木ノ瀬くんも頑張ってね」

「逃げるのをですか?」

「そうだね、それもだけど…」

「はい」

「あと少しで予鈴が鳴るから、教室に間に合えばいいけど」

「!」



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