「うわー、梓何でいんのさ」
「僕がいつ外に出ようと関係ないでしょう?」
「つーか何しに行くの?散歩?」
「散歩がてらに星でも見ようかと」
と聞いておきながら私も散歩がてらの天体観測だとは言いづらい。というか、昼間は天羽改め翼くんが近くに居たからかあまり露骨に態度に出てなかったみたいだけど、二人きりとなるとどこかぴりぴりとした空気が梓から漂っている。けれどどうせなら、と駄目元で誘って見る事にした。
「一緒に行く?」
「ハァ?」
「うわつれない」
すると彼にすごく本気で嫌そうな顔をされてしまった。虫でも見るようなそんな顏。こんな顔をされる程度には私の事が嫌いなのだろうか。まあまさか誘っただけでこんな顔をされてしまうとは私も思っていなかったわけで。どうしたもんかと着ているカーディガンの裾を捲ったり戻したりを繰り返して黙っていると、眉を顰めたままおもむろに梓が口を開いた。
「僕の告白を無視して逃げたのは誰ですか?」
「うわ、何それまだ覚えてんの…」
「覚えてるに決まってるじゃないですか。あれは結構、人としていただけないですよ」
まあそれに対して自覚はしている。あれは確か私が高校一年生で、梓が中学二年生。長期休みに会った時の事で。逃げ出すなんて相手に悪い事をしてしまったという罪悪感と、梓の複雑そうな顔は忘れられないだろう、きっとこれからも。あの時追いかけられたのだ。梓に。朝の夢はその時の様子をなんとも的確に再現してくれていて。足の速さは普通に梓の方が勝ってる。いつ捕まえられてもおかしくなかった。けれども私は逃げ切れたのだ。それがどうしてだかは忘れてしまったけど。そして逃げ出した理由は、ただ怖くなったから。あの時の私が何を考えていたかとかは当時頭の中が真っ白になっていたので鮮明には思い出せない。
「そんな人と仲良く天体観測しろと?嫌ですよ」
「…まあそうだろーね、別に無理にとは言わないからいいけど」
「それじゃ、僕は行くので」
「…うん、またね」
小さく手を振ってみるも踵を返した相手には気づかれなくて。はあ、とやけに重量感のありそうな二酸化炭素を吐き出しては空を見上げた。星は悲しくなるくらいすごく綺麗に見えていた。
∵
「とても心が痛いので休ませてください」
「無理です」
何だか昨日の事もあって何となく心が重いままだったので保健室に行くと、珍しく保健室に居た月子ちゃんにそう言葉で一蹴されてしまった。まあそう言わずに、とゴマをするような猫なで声で言えば、先輩には授業があるでしょう?と困ったように眉根を下げた彼女から言われてしまった。そういえば、ベッドのカーテンが閉まってるみたいだ。
「ねえ月子ちゃん、誰か寝てんの?」
「えっと多分…そうだと思います。私は忘れ物を取りにきただけなので、そろそろ失礼します」
そう言って、月子ちゃんは私にサボらないように念を押してから背を向けて去って行った。とは言われたもののこれも一種の体調不良である。胃が重い。だから休もうと思いベッドに腰掛けると、隣のカーテンがしゃっと開いて、ニヤニヤ顏の後輩が顔を出した。見た感じこいつもサボりなようで。
「先輩ー心が重いって恋煩いですか?」
「…犬飼はそういう話題が好きだねえ」
「思春期の青年少女は大体好きでしょうこの手の話は」
「ふふ、まあそうだけどね。じゃあそんな犬飼にお話を聞かせてあげよう」
「ほお」
犬飼はカーテンを全開にして身を乗り出すようにして私の話を聞く体制に入った。私もそれに応えるべく、すっと息を吸い込む。"ある所に、AさんとBさんがいました。BさんはAさんの昔からの知り合いで、Aさんの事が好きでした。そしてある時ついにAさんに告白をします。でもAさんはとてつもなく恐ろしくなってその場から逃げ出してしまいました。その行動にBさんは大変腹を立てた様子で、次に再会したときには二人の間には大きな溝が出来てしまってましたとさ。"と、語り終わった後に犬飼は苦々しい笑みを浮かべた。
「その伏字意味あるんですか?」
「失礼な。ちゃんと意味は成してるよ」
「だってAさんは絶対先輩じゃん」
「逆の可能性もあり」
「いや、だって先輩告白とかされたら逃げそうじゃないですか」
「ばれたか」
「その上それを気にも留めてなさそう」
「うわーだからかあ…やっぱ少しくらい気にした方が良かったかなあ」
「無理してそれするとすぐバレてまた溝が深まるんじゃ」
「あーそうだよねえ…」
そんな感じの話を続けているとふとチャイムが鳴ってしまう。ずいぶん短い50分であった。犬飼にお礼を言ってから結局とぼとぼと教室に帰るために歩みを進めていると、偶然にも誉くんに遭遇。誉くんはいつも通り穏やかな笑みを浮かべて、やあ高梨さん、なんて挨拶をくれた。
「ハロー誉くん」
「そういえばさっきの授業に居なかったって聞いたけど」
「うわ回るの早すぎでしょうよ…保健室行ってた」
「具合が悪い…ってわけでもなさそうだね」
しげしげと私を見つめた後に、柔らかい口調でそんな事を言うものだからひくり、と口角が引きつった。流石金久保様である。無駄にそういうところが鋭い。肯定も否定もしないまま黙りこくっていたら、まあ三年生にもなってあまりサボりはしないようにね、と困ったような笑顔で軽く念を押されてしまった。なんだか彼の胃痛を増やしてしまったようで、これまた罪悪感。
「それじゃあね、高梨さん」
「うん、ばいばーい」
さてさて、これからどうしたものか。正直これから授業に出るのも面倒くさい。サボらないようにね、と言われたばかりではあるけれど。踵を返すと目の前に人が立っていた。誉くんである。
「ほ、まれくん」
「どうしたの?」
「や、そっちこそ」
「僕は移動教室なのに忘れ物しちゃって」
「あ、そう…」
誉くんに再び私がサボらないようにしっかりと念を押されているようなそんな錯覚に陥りそうになった。とりあえず二度目のじゃあね、を言い合ったあとに私は渋々ながら、自分の教室へと足を進めた。なんだか昨日から厄日だろうか。サボるなってことだろうか。三年にもなって、の言葉が重くのしかかる。うんん、これっきり、控えるべきか。
130320 加筆修正0510
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