いつだって白紙が憎い。真っ白で何も書き込まれていない紙は、書き込むべき面倒な事柄を突きつけてくるようで嫌いだ。
そもそも白紙と言うのは埋めなければいけないもので、何か書かなければ始まらない。そういう目に見えない強制力も、俺は嫌いだった。
「……っあーもー! どこにすっかなあ!」
「……何時間こうしてる気だ、ゴールド」
「えっと……2時間?」
ペンを放り出した俺に冷ややかな視線を送るのは、かれこれ2時間もこうしてぐだっている俺に付き合ってくれているシルバー。「読みかけの本があるから、それを読み終わるまでは待っててやる」なんてツンデレなことを言ってくれたこいつを、本を読み終わるどころかもう3周目に突入しそうなくらい待たせてしまっている。それでもここにいてくれる親友に、俺は両手を合わせた。
「ごめんシルちゃん……」
「少しでも悪いと思っているなら早く仕上げろ。俺は優柔不断な男は嫌いだ」
ぴしゃりと、向かいの席から絶対零度の応えが返ってくる。2周目とは思えないくらい真剣に残り少ないページをめくる親友を見て、仕方なく用紙に視線を落とした。机の上の紙は、第7希望というゴシック体の印字の下に、空白がぽっかりと口を開けている。
「お前ってなんでそんなに選択肢あるんやろ……」
「自分の学力をはかるためだろ」
諦めの境地で目の前の白紙に話しかけると、シルバーから至極当然のように解答が飛んでくる。正論だ。
「……ごもっともです」
「あと3校くらい、さくさく埋めろ」
「スイマセン……」
本から目を上げずに言うシルバーの背後ににゅっと一本の腕が現れる。ポンと肩を叩いたその手に、親友は大袈裟に思えるほど身体を跳ねさせた。
「〜っ!」
「あははっ、驚かせちゃった?」
「コトネさん….…」
快活に笑いながら現れたのは、殺傷能力が高そうなツインテールが特徴の俺の幼馴染様。様を付けているのは、俺が唯一絶対に勝てない相手だからだ。ニコニコと笑う姿が鬼気迫る形相に勝るとも劣らないくらい恐ろしいのは、この世でコトネくらいだろう。
「まぁだやってんのー? ゴールド君おっそーい」
シルバーに背後から抱きつく形で真っ白な俺の用紙を覗き込んだコトネが呆れたように言った。
コトネが呆れようがなんだろうが、目の前の白は埋まらない。『大学コードを書けば模試の結果に基づいた合否判定をだしてくれる』なーんて便利な機能ができたせいでこんなに悩む羽目になるなんて、去年の俺は考えもしなかった。文明の発展が今だけは憎い。
「早く書いてよー。帰り遅くなっちゃうよー?」
「うっせ! お前のクラスの担任と違ってうちは優しくねーんだよ! こっちは第9希望まで書かなきゃいけねんだっつの!」
「ならテキトーに書けばいーじゃん? 前からあたしの写したりしてたし、テキトーだったんだから」
「そんなことしてたのかお前……!」
コトネの言葉を聞いたシルバーが、きっ! と俺を睨んだ。コトネの志望校丸写しは、一年と二年の時、俺たち三人のうちシルバーだけクラスが違ったからできた所業だ。つまり三年になった今、コトネだけクラスが違うためまさかシルバーに丸写しさせてと頼む訳にいかず、誰にも助けを求められない俺はこんな目に遭ってるワケで。じっとりと疑念の込もった視線を向けてくるシルバーを乾いた笑いで誤魔化して、話題を変えようとコトネに事の顛末を説明する。
「三年になってすぐの時、いきなり模試あったやろ? あれで第四希望からぜんぶデタラメに書いたら、なんとそのうち一つが女子校でさあ」
「えーっ!? バカじゃん!」
「それ以来、担任に毎回志望理由を聞かれてるんだ。このバカは」
バカバカと二人して失礼な。でも確かに間抜けすぎるとは自分でも思う。だからコトネにも言わずにいた。まあ今バレたんだけど。
「じゃあシルバー君とおんなじとこにすれば? シルバー君は全部ちゃんと考えて選んでるだろうし、どうせ同じとこ行く気なんでしょ?」
「どうせってなんだどうせって……!」
あまりの言い草に抗議の声をあげるも、華麗にスルーされる。
「良かったねシルバー君! 今ならもれなくあたしもついてくるよ!」
「……まさかお前までこれを書いてないとか言わないよな」
「やだなー!書いたよぅ!…… シルバー君とゴールド君とあたしの三人で、同じ大学行きたいなあって思ってただけ」
はにかんでそう言うコトネに、シルバーもふわりと優しく微笑んだ。それを見ている俺も嬉しくなって笑う。いい雰囲気に浸っていると、コトネがスカートのポケットから、折りたたまれた紙を取り出した。
「だからさ、みんなで願書書かない?」
ひらり、と差し出されたのは赤と黄色とピンクの短冊。
「折角の七夕だし、気分転換にどう?」
そう言えば、と気付く。確か今日掃除に行く時に見たら、コトネのクラスには笹が飾ってあった。コトネのクラスの担任は若く、生徒のおふざけは大抵許してくれる。しゃらしゃらと揺れるたくさんの短冊の中にその担任の名前もあったから、あれも多分先生公認なんだな、なんて思ってその時はそのまま通りすぎた。
思い返してみれば、あそこにコトネの名前が書かれた短冊はなかった。コトネの願いは、三人で書かないと意味のないものだったのだ。
「そうだな……願書書くかー」
俺の言葉にシルバーも頷く。
「願書って……情緒のカケラもないな」
くすくすとそう笑うシルバーにコトネの表情も綻んだ。
「でも願書でしょ」
「それはそうだけど……面白い」
「はいはい、そこ! いちゃいちゃしなくていいから書こーぜ!」
俺赤もーらいっ! とコトネの指から一枚引き抜く。
「えー? ゴールド君なんで赤? 名前が金なんだから黄色でしょー。シルバー君は髪の毛の色的に赤で、あたしはピンク!」
不服そうに頬をふくらませたコトネの指から黄色も奪って、それはシルバーの手に押し付けた。驚いた顔が俺の方に向く。
「俺はシルバーの赤もらうから、シルバーは俺の黄色持ってて?」
俺がそう言うと、頬を赤く染めたシルバーは20秒くらいこっちを見つめてから、溜息を吐いて紙を受けとった。
「まあ色はともかく願書は願書だからな」
受け取ってやる、と付け加えたツンデレな親友におれはにやけ、コトネは溜息を吐く。
「もー! リア充爆発しろ!」
「コトネさんさりげなく物騒なこと言わんといて!」
「だって、私だけ仲間はずれだもん……」
コトネが一枚残ったピンクの短冊を手にしゅんとした。切なげなその声音に罪悪感がチクリと疼く。が、しかし。
「男はピンク嫌だろ……!」
「すまない俺も無理だ……!」
「ちょっとぉー!」
コトネと視線がかち合った。何だか笑えてきて二人で吹き出す。それを見たシルバーも笑い出して、その日は結局、第7希望以降が空白のままで終わってしまった。
翌日、俺はやっぱり担任に怒られた訳だけれど、そんなことどうだって良かった。だって俺の第1希望は、ちゃんと笹に飾ってあるんだから。
願書ゼロナナ
『三人一緒の未来が見れますように!』
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そんな訳で寝落ちして間に合わなかった七夕の話。
金銀と言うよりジョウトリオの話となりました。
おおよそ全部去年の私の話です。模試のシート、希望大学9校書けって多すぎるよ……!
私はクラスに笹とかが普通に飾ってあったんですが、皆さんの学校はどうでしたでしょうか? 普通笹は飾らないのかな……(´・ω・`)
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