ここの所体調が芳しくない。
吐き気はするわ足取りはふらつくわ目は霞むわで、もうサイアクだ。挙句今朝は幼馴染が真っ青な顔して、どうしたトウヤ顔色が悪いぞなんて言ってくるもんだから、流石の俺もやばいなと
思って今日一日大人しく寝てる心算だったのに。
「何で俺こんなとこにいんの……」
視界いっぱいに広がるのはトキワジム。カントー最強のジムリーダーと名高い、俺の恋人がいる場所だ。
「……無意識にここまで来るってどんだけだよ……」
思わず溜息が出る。確かにここ一ヶ月はお互いに余裕がなくて、会うどころか電話で話すこともままならなかった。そろそろ会いたいなあと思っていたのは事実だ。でもそこまで。無意識に求めてしまうほどあの人に飢えてるのかと自分に呆れる。
「うーん……まあ帰ろっかなあ….」
『お前、俺より顔色悪いんじゃないの』とこっちが心配になるくらい、真っ青な顔で心配してくれた幼馴染の姿が脳裏にチラつく。折角ここまで来たのに、きっと俺を心配しているだろう幼馴染が気にかかってあの人に会って帰ろうと言う気にならない。
それにいくら無意識の行動だったとはいえ、ここまで来た労力はきっちり疲労に変換されている。ただでさえ体調が悪いのだ。身体的にも精神的にも、あまり保つとは思えない。
そして会いたくない最大の理由は、顔だ。鏡を見て、我ながらこれはひどいと思わず嘆息してしまうくらい衰弱したこの顔を、もしもあの人が見たら、多分泣きそうになって怒る。大好きな人にそんな表情はさせたくない。
「トウヤ!?」
ふと、愛しいあの人の声が聞こえた。……おかしい。この時間帯、あの人はデスクワークで忙しくしているはずだ。声が聞こえてくるわけがない。
「(ちょ、無意識にジムまで来たと思ったら今度は幻聴? ほんとに俺やばいんじゃないの)」
声の方へ視線を遣ると、ぼんやりとあの人の影を捉えた。目を凝らしてよりはっきりと捕捉しようとするが、視界がどんどん砂嵐に覆われていくためそれは叶わない。彼がここにいるはずはないから恐らく幻覚だろうが、影はだんだんこちらに近づいてくる。
網膜に映る景色は徐々に色を失い、とうとうモノクロになってしまった。どうやら俺は、ここまで来るのに思った以上に体力を消耗したらしい。足元の感覚が薄れ、立っていることもままならない。
「何でここに……ちょ、大丈夫か!?」
鼓膜を叩く音は、彼の声そっくりだ。やけにリアルな幻覚だな、と心の中で笑っていたら、じわりと瞼が重くなって、もしかしてこれは夢かと思い至った。そうか、夢の登場人物は俺の記憶に刻まれたままのあの人ってことか。そんなのリアルに決まってる。あーあ、どうせ夢ならこんな砂嵐の中じゃなくて、もっとくっきりはっきりクリアな視界であの人を見たかったな。何だかがっかりだ。
「トウヤ!」
あ、堕ちる。
夢の中であの人が俺の名前を呼ぶと同時に、意識は身体の奥深く、仄暗い水底へと沈んでいった。
***
夢から醒めた俺を出迎えたのは、あまり親しみのない白い天井だった。真っ白な明かりが眩しい。寝覚めには強烈すぎる光に目を細めながら、ここが何処か確認するために首を軽く下に向ける。すると、何故だかまた幻覚が見えた。何でだろう、俺の腹がある辺りに、ベットに上半身を預けて眠るあの人がいる。
そっかこれも夢か。まだ半分寝ている頭でそう思い二度寝しようとしたところで、甘い声が邪魔をした。聞き慣れたその声に耳を傾けてはいながらも、下に落ちていく思考のせいで現状をはっきりとは把握できない。だって愛しい彼が、こんな近くにいるはずないんだから。
「ん……トウ、ヤ?」
あの人が目を擦りながら身体を半分起こして、寝たままの俺をぼんやりと見る。ああ可愛いなあとそれらの仕草を見つめていたら、見る見るうちに透き通った蜂蜜色が見開かれていった。
次の瞬間、身体の上に何か降ってくる。それがあの人だと気づいた時、一気に意識が覚醒した。
「え、ちょ、グリーンさん!?」
「トウヤ……良かった!」
きゅっ、と首元に顔を埋める恋人を一旦剥がす。ほんとにグリーンさんだ。ちゃんと見たくて身体を起こそうとした俺を、グリーンさんは慌てて静止した。
「お前、今日ジムの前で倒れたんだよ。覚えてるか?」
俺の目を覗き込んでそう言うグリーンさんに頷く。とすると、あれは妙にリアルな夢な訳じゃなく現実だったのか。
「ここ、ジム……?」
「の、仮眠室。急に倒れたから、ここに運んだんだよ。で、ジョーイさん呼んで治療してもらった」
ありがとうございます、とお礼を言ってから、煌々と輝く電球にふと意識が向いた。
「今何時ですか?」
「6時半……。お前、半日近く死んだように寝てたんだ。病名は過労と貧血と軽い栄養失調だと。点滴してもらったから、多分もう大丈夫だろ」
「……もしや、ずっとそばにいてくれたりしました?」
「ったり前だバカ! ……びっくり、したんだからな……」
蜂蜜色が潤んで、目尻が赤く染まる。あ、泣くな。思ったのと同時に、ほろりと透明な涙が零れた。欲しい。反射的に身体が動く。
「ひゃあっ!? 」
気がついたら俺はグリーンさんを組み敷いていた。どこにその元気が、と我ながら驚く。当然グリーンさんも驚いていて、涙のいっぱい溜まった瞳が、俺を咎めるように映しているのが見えた。
「ばっ……まだ安静にしてろよ!」
「うん、でも、本能っていうか反射っていうか」
俺、グリーンさんが欲しくてここまで来たから、グリーンさん補充すれば治ると思うんだよね。
にこやかに告げると、グリーンさんがぱくぱくと何か言いたげに口を開閉する。空気が出入りするそこを狙って、舌を滑り込ませた。欲しい、欲しい、欲しい。本人を前にしたらその欲望は色を濃くするばかりで、治るどころか重症になってる気がする。
「んぅ!? ……っ! ん、ふ…」
「っは……かわい」
「ばか!…んんっ、ぁ」
キスの味がいつにもまして甘い。俺の下でえろい声をあげる恋人を味わったのが今から一ヶ月前だと気付いて、そういうことかと合点がいった。
「ね、グリーンさん。俺一つ分かったことがある」
「……? なに?」
「俺、グリーンさんなしじゃ生きていけないや」
グリーンさんは俺の言葉を聞いても、戸惑った顔も、驚いた顔もしなかった。予想を裏切って極上の笑みを浮かべた恋人は、ゆるりとこちらに手を伸ばすと、からかうような声で言う。
「当たり前だ……俺のいない所で死んだりしたら、許さないからな?」
何なのそれ。
挑発するようなその微笑みで、溜め込んでいた色々、たとえば疲れとか理性とかが、ぜんぶ吹っ飛んでいった。いや、外れると言った方が正しいだろうか? 俺を制御していたリミッターみたいなものが一つ残らず解除されて、人間ではない、何かとんでもない生き物になってしまったような感覚がする。
最初から我慢する気など無かったけれど、これでもう、グリーンさんですら俺を止められなくなった。
「ねえグリーンさん、おクスリちょーだい?」
小首を傾げる彼にお構いなしで、その唇を貪る。今、俺病人だし、いくらクスリ飲んだっていいよね?
俺の病名は過労でも貧血でもましてや栄養失調でもない。単なる恋人欠乏症。特効薬は君。副作用の一切無い良薬は、苦いどころか吐き気がするほど甘かった。
My silver bullet
なんて厄介な病?
******
そんな訳で初の黒緑!
タイトルだけ考えて放置してあったものをやっつけで完成させたら、トウヤ君が誰てめ状態になりました\(^q^)/
戻る