無条件の優しさ


夜通し輝いた月は眠り落ちて、
太陽が微笑み輝いています。


-わたしと貴方の二ヶ月間。-


―――ピンポーン…

ピンポンピンポンピンポーン


リビングのソファベッドを借りて
熟睡していたわたしを起こしたのは
家主である彼ではなく、インターホンの音だった。
何度も繰り返すように押されるそれに
彼も飛び起きたのかドタドタと奥の部屋から
慌ただしく玄関へと向かう。

鳴り続けるインターホンの音に苛立ちつつも
こちらを見て「おはよう」と言った彼に
呆然としていたわたしは
何も返すことができなかった。
見上げた時計の針は、まだ8時半を指している。

「あぁ、うるっせぇ!今開ける!開けるって!」

殆ど怒声に近い声とともに
玄関が開かれた音がする。
それとまたほぼ同時にバタバタと
彼ではない足音が迫ってくるのが分かった。
ババーンと音がしそうな勢いで
リビングのドアが開き、
飛び込んできたのはわたしより
年上であろう女性の姿。

「きゃーーーーー!!
どんな子かと思ったら、かわいいーーーっ」
こちらに駆け寄るなり
力いっぱいぎゅっと抱きしめられて、
わたしは息がうまく出来なくなった。
人ってこんな簡単に死んでしまうんだろうかと
機能も思ったそんな考えが
再び脳裏に過るくらい、それはもう力強く。

「ちょ!離れなさい!
てゆか、離さんと死んでまう!!」

あとから入ってきた彼と昨日のその人は、
わたしの状況を見るなり、
わたしから彼女を引っぺがした。
引っぺがされても尚、彼女は
可愛い可愛いと言い続けているが。

「おい、なぜバレたし。」

(…たし?)

「すんません、ついうっかり。」

「かわいいー、ねぇ名前は?どこの子?
あー、いいなぁ、かわいいー。」

「あ、あの…」

「こんなうっかりがあってたまるか!」

「すんません。」

彼女は、未だその人の隣でかわいい、かわいいと
こちらを見ながら楽しそうに微笑んでいる。

「えっと…」

「あ、ごめん。この人、俺の知り合い。
弥千代さんって呼んであげて。」

「弥千代さん!?遠慮せず、
おねえちゃんって「黙ってください。」

彼の紹介に納得がいかないとでも言うように
身を乗り出した弥千代さんの額を
その人は遠慮もなく平手で叩いた。
べしっという音とともに「あうっ」と
弥千代さんが声をあげ、額をおさえる。

「えっと…弥千代さん、よろしくお願いします。」

「こちらこそ仲良くしてね!えっと…
あれ?あたしは何で呼べばいいんだろ?」

そう言われて、ふと気付いた。
わたしに呼んでもらえる名前なんてない。

「あ、えっと…」

「しろでいいじゃん、しろ。」

「しろちゃん!!猫みたいでかわいいー!」

弥千代さんを見ながら、ずっと難しい顔をして彼は
いとも容易くわたしを「しろ」と呼んだ。
それは簡単な名前ではあったが、それでも呼んでもらうたびに
わたしという存在が色濃くなる気がして少し嬉しくなる。

「あ、僕はヨウさんて呼んでください。」

「えー、ヨウたんでしょ、ヨウたん!」

「弥千代さん、ほんとにちょっと黙っててもらっていいですか。」

弥千代さんとヨウさんの
夫婦漫才のようなやり取りを見ながら、
未だ彼の名前を教えられていないことに
気付いたわたしは、隣に座る彼を見上げた。

「ん、なに?」

「あ、あの・・・」

「それより、つっきー!すごい寝癖!」

わたしが口を開くよりも先に
弥千代さんが彼の頭を指さしながら笑う。
すると、彼は眉間のしわを濃くさせて
「待っててください!」と言い放ち、
足早に洗面所へと向かってしまった。

そういえば、わたしも起きてすぐのことで
朝の身支度を何も済ませていない。
いくら突然だったからと言って、
自分も髪がぼさぼさだとか恥ずかし過ぎる。

「失礼します!」

そう言って前に座る2人に頭を下げて、
ばたばたと洗面所に駆け込むと、
わたしは歯磨き中の彼の背に
華麗なタックルをかましてしまった。

「いでっ」

「す、すみません!」

「・・・何してんですか。
はい、しろちゃん、これ。」

後ろをついてきたヨウさんが、
わたしの眼前にカサリとビニール袋を差し出す。
それを受け取って、中を見てみると
明らかに子ども用の歯磨きセットやら
数枚の可愛らしいハンドタオルやらが入っていた。

「・・・これ、使ってもいいんですか?」

「もちろん。どうせ、つっきーのことやから
なぁんも準備してないやろうと思って、
昨日帰りに買っといたんです。」

「ぁ、ありがとうございます!」

「どういたしまして。」

無駄にならへんでよかった、と笑って、
ヨウさんは私の頭をぽんぽんと撫でました。
そんなわたしたちの様子を見て、
今だ歯磨き続行中の彼が首をかしげる。

「・・・ほはえら、ひふのはひ
ははほふはっふゃんふゃよ?
(お前ら、いつのまに仲良くなったんだよ?)」

「なんとなく伝わりましたけど、しゃべるなら
歯磨き終わってからにしてください。
僕はリビングに戻ります。」

「・・・・・・」

ヨウさんにばっさりとそう言われてしまって、
彼はぷいっと洗面台に向き直った。

(すごく、仲良さそうです。)

彼が歯磨きをしている隣で、
ヨウさんから貰ったものを改めて確認していると
ヘアゴムやヘアピン、クシなんかも入っている。

(面倒見のいい人、だな。)

そう思いながら、遠慮なくクシを使って髪を梳き、
ヘアゴムで適当にサイドテールを作ると、
落ちてきた前髪をピンで留めた。

その後、わたしは彼と入れ替わりに洗面所を借りて
歯磨きや洗顔を済ませ、昨日洗濯機と乾燥機にかけられて
すっかり綺麗になった自分の服に着替えてリビングへと戻った。
そこには、パジャマ代わりのスウェットから
すっかり洋服に着替えて彼も座っている。

「じゃあ、しろちゃん!お洋服とか日用品とか!
必要なもの買いに行くわよー!」

「え、でも、あの・・・お金とかどうすれば・・・」

「だーいじょうぶ!つっきー、お金持ちだから任せとけー!」

そう言って立ちあがる弥千代さんを見て、
同じように彼も立ちあがる。

「俺、金持ちじゃないから。
さらっと嘘つくのだけ
やめてもらっていいっすか。」

「てへぺろっ」

「くそ腹立つな、あんた!」

「ほらほら、れっつごー!」

「人の話聞けよ!!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎながらリビングを出て行く2人に
どうすればいいか分からず立ち尽くしていると
少し遅れて立ちあがったヨウさんが
わたしの肩を押して玄関の方へと向き直らせた。

「あ、あの・・・」

「まぁいろいろ拾った方にも責任ってのがあるんで。
しろちゃんは気にせんと甘えといたらええよ。」

「いや、でも・・・」

「あ、それから、」

ヨウさんは、わたしの反論は聞かないとでも言うかのように
こちらの言いかけた言葉を遮った。

「あの人、月人さんって名前やから、
そう呼んであげて。」

どうせ、つっきーのことやから
自分の自己紹介忘れてるんでしょーと笑って、
ヨウさんはわたしより先にリビングを出て行く。
その後を追うようにしてわたしも出て行くと
こちらを急かす声が聞こえた。

「ヨウたん、しろちゃん、早くー!」

「遅いぞ。何してんの。」

「そんな急がんでもいいじゃないですか。」

そんな彼らの姿に、申し訳なさを感じつつも
本当にほんの少しだけ甘えさせてもらおうと思いながら
わたしも玄関へと急いだ。


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