目覚め


パチパチと暖炉の火が音を鳴らす。
時折襲う睡魔に耐えながら
フィアは少女の目覚めを待っていた。

「(この内容の意味を
この子は知っているのだろうか。)」

その後も丁寧に
書のページをめくっていたが、
あの1ページ以外は全くの白紙だった。

「半分までめくってみても
あれ以外は一文字も
書かれていない、か。」

「当たり前ね。その本は、
最初の1ページのためだけに
存在するのだから。」

独り言で呟いたつもりの彼の言葉は、
少女からの突然の返答によって
会話へと発展させられた。

その動揺を隠しながらも、
フィアは少女へ視線を移す。

「・・・目、覚めたみたいだね。よかった。
何か飲むかい?って、紅茶しかないけど。」

少しでもこの場の空気を
和やかなものにしようと
フィアは出来る限りの努力をするが、
目の前の少女にその気はないらしい。

少女の視線は、
フィアの膝の上にある本から
1ミリたりとも逸らされなかった。

「なぜ、私を共に連れ帰った。
貴方達には何の利もないだろう。」

少女のその言葉にフィアは少し戸惑った。
たしかに、そう言われてしまうと
何の言葉を返すことも出来ない。
けれど、倒れている人を無視できるほど、
彼は薄情者などではないのだ。

「いや・・・まぁ、もしも君が
この本について何か知っているなら
教えてほしいってのも理由だし、
ただ単純に、倒れたままの君を
放っておけなかったのも理由だし、
そもそも、人助けに利も何もないだろ?」

信用を買おうとしているわけでも、
恩を返してもらおうと
考えたわけでもなく、
ただ単純に困っている人を
助けただけだと
フィアは少女に笑いかけた。

「・・・そうか。
手を借りたことは礼を言う。
だが、その本は返してもらいたい。」

「返したい気持ちは山々だけど、
これは君のものじゃないみたいだし。
確かに俺達のものでもないけど、
君に返す義理もないって言うか・・・ねぇ。」

フィアのその煮え切らない返答にも
少女は顔色一つ変えることはない。
蝋燭の灯りに照らされて、
少女の影がゆらゆらと揺れた

「そうか・・・なら、忠告しておこう。
何も知らなまま、黙ってその本を
返していればよかったと
必ず、君はそう後悔するぞ。」

「どういう意味だよ、それ。」

「そのままの意味さ。」

少女はそう言って窓の外を見る。
そこには大きな月と
無数の星が輝いていた。

「さて、私は立ち去るとしよう。
後悔したくなければ、
早くその本を返しておけよ。
それから、余計な詮索はしない方がいい。
私だって、君たちを巻き込むような
真似はしたくないからな。」

そういうと、ベッドから降りた少女は
傍らに置いていた帽子を手に取り、
フィアの横を通り過ぎてドアへ向かった。

「相変わらず、
この街から見る月は綺麗だな。」

出ていく際にそんな一言を残して、
少女が闇へ消えるのを待たずに
ドアはぱたりと閉まったのだ。

その様子をただ呆然と見ていたフィアは
その脳内で彼女の言葉を
何度も繰り返した。



いつのまにか
深い眠りについていたのだろう、
目が覚めると、すでに時刻は
午前10時を回っていた。
キッチンで食器が並べられてる音に
気付き、フィアは身支度をする。

昨晩、この部屋を出ていった
少女のことが気になるが、
魔法の書があるのなら、
とりあえず、それでいい。

「結局、この本の事は
何も聞けなかったな・・・。」
あの少女は何を知っているんだろう。
彼は頭の片隅でそう思ったが、
深く考えるのはやめた。
少女から、余計な詮索はよせと
言われたばかりだ。
この先、またどこかで
彼女に出会うことがあれば、
その時にでも訊けばいいだろう。
何も、焦る必要はないのだ。

キッチンへ向かうフィアを
白昼の月が静かに見つめている。


.
back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -