トン、トン・・・ 野菜を切る音が辺りに広がる。 静かな空間の中、私は夕飯の支度をしていた。 いつもはうるさい声がいっぱい聞こえるけど、今は彼、寝ているみたい。 うるさいのがいないから少し寂しいけど、料理には集中できそう。 「名前ちゃん・・・?」 後ろを振り返ると、寝起きであろう彼がやってきた。 顔はショボショボしているし、頭がタンポポみたいになってる。 ゴシゴシと目をこすっているが、まだまだ眠そうだ。 「おはようございます、善逸さん」 「おはよ・・・ごめんね、寝ちゃってたみたい」 「お疲れでしたもんね。もうすぐ夕飯できるので待っててくださいね」 料理の続きをしようと、またまな板に向かう。 今日はどんな感じに仕上げようかなーと考えていると、後ろから彼にギュッとされた。 「おっと、包丁使ってるときに抱き着かれると危ないですよ」 「ごめんねぇ、でも夢じゃないんだなぁって確かめたくって」 更に強く抱きしめるのがわかる。 そういえば彼には家族らしい家族がいなかったと聞いた。 お世話になったお師匠様も居たみたいだが、今は・・・ 彼は多くを語らないけど、辛い日々を過ごしたのだろう。 でも、彼は自分が思っている以上に力が強いことを知ってほしい。 「く、苦しいです・・・」 「ご、ごめんねぇ!苦しかったね!?大丈夫!?」 少し腕を緩められてほっとする。あのまま抱きしめられていたら骨が折れていた。 しかしいつもベタベタしてくるけど、今日は少し様子がおかしい。 「今日はやけにくっついてきますね?何か嫌な夢でも見ましたか?」 そう私が問いかけると彼は目を伏せる。余程嫌な夢だったようだ。 これ以上料理してても進まないし、一度止めてくるっと振り返り彼を抱きしめる。 「何も怖いものはありませんよ。私はここにいます」 「・・・うん。名前ちゃんはいなくならないでね」 私はよしよしと頭を撫で続ける。 金色の髪は思っていたよりも柔らかくて気持ちがいい。 「俺ね。家族というのにすごく憧れがあったんだ。だから今こうして奥さんと居られることが嬉しくもあり、怖くもあるんだぁ・・・」 「今怖がっていたらこの先やっていけませんよ?あと何十年いると思っているんですか」 全く、私はそんなにすぐ死ぬような女に見えるだろうか? こんな泣き虫を残して死んでいけるわけがない。 「夢で名前ちゃんもいなくなっちゃうのを見たから、余計に不安になったのかも」 「もしいなくなるとしたら、愛想が尽きたときですね」 「ひっひどい!結構深刻な話なのにぃぃぃ」 とうとう彼がメソメソと泣き始めた。 彼はこれくらいうるさいのが一番いい。 ふふっと笑うと彼も恥ずかし気に笑う 「俺は名前ちゃんと夫婦になれて幸せものだなぁ」 「私も善逸さんと夫婦になれて幸せですよ」 二人顔を合わせて笑う 今まで辛いことがあった分、これからは幸せになっても罰は当たらないだろう。 抱きしめていた腕を離して、また台所に向かう。 「さ、夕飯の支度の途中だったので、善逸さんは待っててくださいね」 「そうだったね!今日の夕飯は何かなぁ。名前ちゃんの料理はおいしいからねぇ」 他愛のない会話がとても愛おしい。 彼は家族に憧れていると言っていたから、将来のことを考えると笑ってしまう。 もし、子供がいたら、なんてね。 とにかく今は二人の時間を楽しもう。 「善逸さん、明日は何をしましょうか」 「どうしようかー?少し遠出して街のほうに行ってみる?」 「それはいい案ですね。久々の遠出楽しみです」 こんな幸せな日々が彼にとって当たり前になりますように。 Bookmark:namechange TOP |