痛いの痛いの
「千歳大丈夫か!?」
ダブルスの練習中、後輩がヘマをしでかして千歳の額から血が滴る。味方側にラケットをかっ飛ばすって何しとんねん。とりあえず俺は練習を中断して千歳のもとへ行く。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
俺の身長ではその傷まで届かない。へらへらと笑う能天気の腕を強引にひいてベンチに座らせる。そもそも立ったままで手当てとか無理や。
「別に手当てとかいらんよ、大したことない」
俺を見上げる形になった千歳。俺の顔を見て笑顔のまま言った。傷を見ればぱっくりと裂けていて大したことないだなんて決して言えない状態になっている。
こいつは阿呆か。
その前に痛いとも顔を歪めたりもせんコイツがよく分からん。
「アホ、どこが大したことないんや」
後輩が持ってきた救急箱から消毒液とガーゼを出して止血をするように額に当てる。少しだけ顔を歪めた千歳。
「やっぱ痛いんやないか」
それを見て言う。するとキョトンとした。まるで何を言われてるのか分からないとでもいうような顔。は?ていいたいのはこっちや。
「せやから、痛いやろ?」
少しだけ自棄になる。
「痛いってなんね」
千歳はさも同然というように口を開いた。痛いって何?、コイツは何を言っている?痛い…が分からない?嘘やろ。
「痛いって今、そのことやろうが」
「これ?」
止血最中のガーゼの上から千歳が傷に触れる。眉間に皺が寄った。
「なして、これを痛いっち言う?」
コイツは馬鹿か?痛いモンは痛い。何で分からん。
「痛いモンは痛いんや」
「………それは何ね、痛い言うて変わるとや?」
「変わらんけど痛かったら痛いて言うてもええやろ」
「、誰が痛いなんて決めた?」
「お前は中2か」
止血してんのに血が中々止まらん。こりゃ縫わなあかんな。ちゅーか、何で千歳はあないなことを言うんや。痛いなんて生理現象やないか。
「ねぇ、ユウジくん」
「何や、…あとこれ千歳、病院行こか」
「うん、」
「で、何や」
千歳の表情が一瞬暗くなった。せやけどまたにっこりと笑った。
「これが痛いち言うなら俺の心はズタズタなんかね?」
ざっと応急処置をし終わって一息ついた、とき。
同情を求めるでも無くて。嫌味でも無くて。ただただ純粋な問い。余計質が悪い。ぐさり、とささる。言葉。
「ここ、痛い」
胸に手を当てる。やめて、あかん、よ。言わんで。そない俺に言わんで。分からんくなる。嗚呼、
コイツの心、どっか け つ ら く しとる?
「これも痛い?」
右目を覆うようにして。まるで、どうして空は青いの?と聞く幼い子供みたいに。
俺の何かの定義が崩れた。と思った。怪我をすれば痛い。酷い言葉を言われれば心が痛い。辛い。相手が嫌になる。辛ければ涙が出る。嬉しくても涙が出る。風邪ひきゃ苦しいし、寂しい。当たり前のことだと思ってた。いや、当たり前って決め付けてただけやけど。
「ユウジくんも、痛い?」
混乱する頭。振り切って見れば。千歳が泣いていた。笑ってるけど泣いとった。嗚呼、ごめんな。お前の心は欠落しとるんやない。ただ、きっと我慢し過ぎただけや。だって、お前が辛いて言うの聞いたことないし。自分の意思を他人の意思より押し進めるとこ見たことあらへんし。だから、だから、だから、麻痺してるだけや。感情を受け止めるとこが。麻痺してる。それで感情と行動が合致しない。それだけ。子供みたいに純粋に問えたのも、きっとそれや。
「痛いで、俺も痛いわ」
「うん」
「千歳、」
「う、ん」
「今は、泣いとき」
「、ん」
「何も、考えなくてええから」
相手が、俺がどう思ってるかなんて気にせんで。泣いてええよ。とりあえず泣けや。俺がどうこう出来る問題やない。っちゅーのは逃げかもしれん。でも、ホンマにこれしか出来ん。どうしたらいいか分からんからただ抱きしめる。これが正しい行動かなんて知らん、でも俺はこうしてもらうと安心できた。小さい頃やけど。
「涙が、出てくる」
「それは痛い、辛いってこととでもしときゃええ」
「…ユウジくんて、ぬくかね」
「おん、お前もや千歳」
泣いて。泣いて。泣いて。答えが見つかればええ。見つらなくてもそれでええ。肩の力抜きぃや。痛いの痛いのの意味が分からない。、大丈夫、十分分かっとるやん、な?千歳。や、千歳の気持ちはよぅ知らん。分からない。それでも俺は言うよ
痛いの痛いの飛んでいけ
(子供騙し?)(気の持ちようや)
痛いの痛いの、感覚が麻痺した君に
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うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!ぐすくさんありがりがとうございます!!ぐすくさんのこの千歳が堪らないんですよ。すごく好きです!もうユウジがほっとけないのが分かります。胸がぎゅっと切ない感じが…本当にありがとうございました(*´∇`*)
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