土曜日



しばらくは隣人さん達に関わりたくなかった。出来るだけいつもの時間を避けて行動をしようとしたのに

「…お、はようございます」

「あ〜どうも」

出鼻を挫かれた(最悪や)
俺は部屋の鍵を掛けるために直ぐに背を向けた。背中には隣人さんの視線を感じる。間違いなく俺を見ている。ただでさえコツのいる鍵が、動揺してしまってうまくいかない。

「キスマーク」

隣人さんの声に慌てて首筋を押さえてしまった。

「嘘や、嘘」

俺は首筋を押さえた手に力が込もる。爪が食い込んだ。隣人さんは嘲るような笑みを浮かべる。最初はカマをかけられたのかと思ったが、その表情を見て直ぐに違うと分かった。

「昨日はうちのがご迷惑掛けましたっ」

わざとらしい敬語に、動揺なのだろうか、俺は体が震える。隣人さんは俺に近付いてきて耳打ちをしてきた。

「すごいやろ"千歳"?」

意味はすぐに分かった。最後にくっくと喉を鳴らした音が耳につく。気持ち悪い。

「もし気に入ったなら、"千歳"あげるわ」

「は?」

思いもよらない突然の言葉に俺は隣人さんを見た。あげる?何を言っているんだコイツは。そんな俺の心を読んだ、というよりは予想通りのリアクションだったのだろう。愉しそうに目を細めた。

「俺、来週から関東のショップに異動やねん。連れてはいけへんやろ?な?」

その時、自分の体を支配していた感情が怒りだと分かった。鍵を持ったままの右手に力がこもる。

「だから餞別」

後は吹き出す激情を抑える理性などこれっぽっちもなく、気が付いたら、床に倒れ込んだ隣人さんを見下ろしながら睨んでいた。拳がひどく痛い。熱い。
俺は人生で始めて人を殴った。
隣人さんはぽかんと俺の顔を見ていたが、変なアドレナリン出まくりな俺はもう止まらない。

「お前、何様のつもりやねん!ええ加減にせえや!」

怒りに任せてドン、とドアを叩いた。その音で隣人さんは我に返り、直ぐさま立ち上がり俺を殴る。そして、よろけた俺に掴みかかり拳を振り上げたが、それよりも先に俺は頭突きする。

「餞別なんていらんわ!"千歳"は俺が奪う!」

俺が声を荒げ、拳を振り上げると、視界の端に"千歳"が入った。暢気に鼻歌混じりでコンビニ袋を下げている。掴み合う俺たちを見て驚きもせず、何しよっと?と首をかしげた。俺はその姿に気が抜けてしまう。その瞬間、こめかみに重い一発がヒットした。

…ブラックアウト。











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