はじめての温度
作業が一区切りして廊下に出ると、数人が窓から外を見て盛り上がっている。気になった千歳は頭に巻いたタオルを外しながら声をかけた。
「どぎゃんしたと?」
「あ、千歳くん。キャンパスに高校生がいるんやけどな」
「なんかきょろきょろして誰か探してるみたいなのよ」
キャンパス見学か、と思ったが、今は3月、そうだとしても気が早い。千歳は少し背筋を伸ばし覗き込む。
「ほら、あの学ラン見える?赤い髪の子…」
心臓が止まるかと思った。
最後に彼に見たのは半年前。誰にも知らせず観に行った彼の高校最後の試合。3ー1で負け、自分は試合すらできなかったのに、しゃんと立ち、泣いている後輩の背中をさする姿だった。それ見たら、無性に悲しくなってしまい、逃げるように会場を後にしたのを覚えている。
その時と変わらない姿が目の前にある。どうして。
「金、ちゃん?」
「千歳ぇ!」
千歳は少し距離を空けて足を止める。間近で見た金太郎は背は伸び、骨格もがっちりとして、顔も大人びてしまっていたので、一瞬、まるで知らない人のように見えてしまった。ただ笑顔だけがあの頃のままで、それが余計に千歳の胸をざわつかせた。
「こぎゃんところで何しとるばい。ここは金ちゃんの来るところじゃなかよ」
「あんな、千歳、今日高校の卒業式やったんや」
へへへ、と笑う金太郎の学ランのとYシャツのボタンが全てないことに気がつく。隙間からバランスのとれた美しい肢体が覗いていた。
「そんなこつ聞いてなか」
「そんなことやないで」
急に真剣になった金太郎の目が千歳を捕らえる。ぞくりとした。伸ばされた手に思わず千歳は一歩下がってしまう。ただ純粋に怖かった。
「なんで逃げるんや千歳?」
「逃げとらんよ」
「…今度は逃げんといて」
少し悲しそうに瞳を揺らした金太郎は千歳を見つめたまま、再び手を伸ばし、今度はしっかりと千歳の腕をつかんだ。そんなはずはないのに、ひどく熱くて痛かった。
「千歳、覚えとる?」
熱い。
「覚えとるよな」
熱い。
「俺、約束守ったで」
俺、という金太郎の口から出た聞きなれない言葉に違和感と嫌悪を覚える。目の前にいるのは誰だ?
「千歳」
いやだ。
その先は聞きたくない。
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