2 | ナノ
「完璧な人間なんていないって言うけどさ」

なんて言う高尾の表情はどこか嬉々としたものがある。
またろくでもないことを言い出すのでは無いかと、隣に並ぶ緑間は無意識に、眉間にシワを寄せた。

「でも、それって本当だよな。真ちゃんって完璧に見られがちだけど、完璧だったら運なんかに頼らないし、ていうか、命の危機に会うほど運に見放されるってさ…」
「…」
「しかも、ちょう唯我独尊で我が道を行くっていうか?マイペースってんなら聞こえはいいけどね?ほんと、そろそろ宮地サンにガチで轢かれてもおかしくないっつーか?お友達のキセキの世代の奴らには苦手苦手って言われてるし?」
「…何が言いたい」
「べっっつにぃ?ただホントのこと言ってるだけ」

にやりと唇を歪める高尾の表情は人を小馬鹿にしたような物言いに反してひどく穏やかなものだからタチが悪いと緑間は思う。
自分を見上げる、当たり前のように首ごとそらされた視線に、慈愛に満ちた目の色。
隠すこともしない、くっきりと口角の上がった唇は上機嫌なのだ。いつだってそう。己に向けられる彼の顔は、いつだって慈しみに満ちたものだと、緑間はもうとっくに知っている。家族以外から向けられる、赤の他人からの全面的な好意。
それがどんなに心地よいものか、もう、緑間は知ってしまっている。

「だからさ、オレって、そんな不完全な緑間真太郎の不完全を補うために生まれて来たんじゃないかって思うわけ」
「なんなのだよ、それは」
「運のない時のお前の運をオレは補えるし、友達のいない孤高のエース様の友達になれた」
「…友人というより、下僕だと言っているだろう」
「それでもいいや、友達でも下僕でもなんでもさ、とにかく、オレが真ちゃんの一番近くに並ぶことを許されたわけじゃんよ」
「…」
「なぁ、だから、高校卒業しても、オレを隣にいさせてよ、真ちゃんの一番の側にいるのはオレでいさせてよ」

約束を頂戴と、言う。

「高校3年間の、お前の青春をオレが貰うことはもう決まってるけど、オレ、もうそれだけで満足出来る気がしないわけ。だから、その先も、真ちゃんの隣にいて、リヤカー引いて、笑ってんのはオレが良いなって」

そんな不確かなもの、果たして信じるような人間だっただろうかと緑間は自身に問う。変わっていってしまう人間の、心の移り変わりを知っている。どんな輝く、愛しい、かけがえの無い時間を共にしても、失われるものはあると、離れてしまうものはあると、15の頃に嫌というほど経験している。

「オレ、真ちゃんが大好きだよ」

へらりと笑って、けれど、その瞳に映る色は真剣そのもので。
信じられないほど、胸がその色に高鳴ることを、自覚している。

「…そこまで言うのなら好きにしろ。オレの隣にいたいというなら、一層人事を尽くすのだよ」

それが出来なければ、そうでなくなるだけだ。

突き放すような緑間の物言いに、それでもより強く瞳を輝かすのが高尾和成という男だ。
パァっと色めく表情で、オレ頑張るよなんてうそぶく。
違う、いつだって、この男は、そんなふりをして、本気で信じている。
でも、だから、きっと、あり得るか分からない未来を語るその口には得体の知れない真実味が潜んでいて。

ああ、そうかと、緑間は気がつく。

いつだって、信じるきっかけを高尾が突きつけてくれていた。なんでも無い顔をして、時に腹が立つくらいふざけた顔をして、けれど心は真剣に差し出してくるからだ。
信じろと。

本当に、離れたくないのは誰だ。その先を信じたいのは誰だ。

(…オレが、尽くさねばならん)

憎いほどに、いつの間にかしっくりと馴染んでしまった隣の人物に、ほだされたのは誰だ。
高尾がいなかったら、未だ秀徳のあのチームに馴染んでいたか。クラスメイトが気負いもなく話しかけてくれたか。己の奇行を笑っただろうか。中学生の頃の、思い出を超えるような日常があったか。あんな、無謀と言えるような、シュートを打とうなんて、思っただろうか。そのくらい分かる。

(それこそ、離れがたいのは、自分のほうなのだよ)

まさか、またこんなに大事なものが出来るとは思っていなかった。
失くしたくないから、自分だけを信じていたかった。
自分だけを守りたかったその壁をあっさり超えてきた男は、また他人を信じさせようとする。それを信じたい、自分がいる。

(…あの頃の自分は、失わない努力を。果たしてしていたのだろうか)

瞼を閉じる。思い出せば、鮮やかに蘇る、当時の仲間の姿。5人の背。笑う表情。放課後のコンビニ。散り散りになった場所。
何も見えていなかったのだろうなと、緑間は項垂れる思いだった。
確かに大事だったのに、なぜ見失ったのだろう、なくすまで気がつかなかったのだろう。当たり前に寄りかかっていたのだろう。盲目に、当たり前を信じて、怠惰にしていたのだとしか言い様がない。
ならば、と。
繋がっていたいのなら、それにだって努力をしなくてはいけなかったのだ。当たり前なんかない。知っていたはずなのに、分からなくなるほど、居心地が良かったのだろう。

(今度こそは)

目を開く。なんとなしに目線を下げれば、当たり前のようにある黒い後頭部を見下ろせる。

(あの頃、尽くせなかった分まで、人事を尽くすまでだ)

信じるだろうか。かつての仲間たちに言ったら笑うだろうか、驚くだろうか。
お前たちのような、かけがえの無いものに出会ったのだと言ったら。
緑間は、そんなことを想像する。

「…あれ、真ちゃん。なーに笑ってんの」

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