6 | ナノ
※大学生パロ/宮地さんと高尾のやりとり
緑高ですが、緑間は出てきません

なぜそれを聞いてしまったのかと問われれば、我慢の限界だった、としか言いようがない。触れずに帰ればどうせもやもやとしたまま気になって仕方がなくなって、けれど聞くに聞けなくなり、タイミングを逃せばそれからの思考は不本意に振り回されただけなのだと、宮地は自分に言い聞かす。
何にって振り回されるって、愛すべき子憎たらしいバカな後輩の奇行に、だ。

「なぁ…お前、一人暮らしだよな」

勇気を振り絞って捻り出した疑問に、ローテーブルを挟んで真正面に座っている家主である高尾はえー?と笑って答える。

「そうですけど」

言いながら如何にも不思議です、というふうに小首をかしげるのは身長もそれなりにでかいし筋肉もついてる男だ。
宮地にしてみれば可愛くもなんともないから腹が立つだけなのだが、今はそんなことはどうでもいいと頭を振る。

「宮地サン、ここに何度も泊まり来てるでしょー、なんで今さらんなこと聞くんすか?」

同じ大学の3年生と1年生。
現在の宮地と高尾の関係は、所属する場所が上がっただけで、高校生だった頃と大して変わらず、部活という括りがなくなったいまも交遊は続いている。
いや、部活という括りがなくなった今の方が、上下関係が曖昧で、ラフな付き合いになっていた。

大学の最寄り駅近くで進学を機に一人暮らしを始めた高尾の部屋は、通い組であるが自宅に帰るのを面倒くさがっていた宮地がいち早く目をつけて、次第に泊まる回数が増えていき、良いように使っているのが現状である。

「…そうだよな、そのはずだよな。

…じゃあなんでこの部屋には緑間の私物が日に日に増えてってんだよ?!」

そうだ、我慢の限界だったんだと、宮地は再び思った。
この部屋に頻繁に来ているのは自分だけではないことを知っている。
宮地のもうひとりの関わりの深い後輩であり、高尾と一際親しい仲であり、部内では相棒であった緑間真太郎と、この部屋を介して顔を合わせることは少なくなかった。
緑間は二人とは違う大学へ進学したが、ここの立地はどうやら彼にとっても都合が良いらしく、宮地と同じか、それよりも多い頻度でここを利用していた。

「よく転がり込んでるオレが言えたことじゃねーから、緑間がここに来てること自体はどうでもいいんだよ、つかお前ら高校ん時からべったりだったから進学先が逆に一緒じゃなかったことにびびったくらいだし。
だけどよ、いくら頻繁に来るからって、この荷物の量、おかしくね?
洗面所に色違いの歯ブラシが仲良く並んでるのはまぁ良しとしよう、有りがちすぎる。
あいつ専用と思われる食器類も…いいとする。分かりやすく緑色で揃えるとかなにお前女子?女子なの?しかもちゃっかり自分の愛用してるデザインとお揃い?とか思ったけどいい。
なんでそこの洗濯物、あいつのシャツとかパンツまでかかってんの?そんで洗濯済みで綺麗に畳まれてる衣類の山のひとつはお前んじゃないよな?お前自分のだったらあんな綺麗にしないよな?ていうかあいつは約一週間分はありそうな衣類をお前んちに置いてってんの?なんで?
あとテレビの横の木彫りの熊さんは確か2、3日前の蟹座のラッキーアイテムだよな、その隣に立て掛けてあるテニスラケットもオレは聞き覚えがある。
なんだ、あいつはお前の家にまでラッキーアイテムの保管をするようになったのかよどういうことだよ、ていうか、マジ、お前らなんなの」

一気に捲し立てた宮地は、ハァッと肩で大きく息をし、じとりと高尾を睨み付けた。

「宮地サン、よく見てますね〜」

高尾が茶化すように手を叩くと、宮地は一層声を荒げた。

「オレが!分かるくらい!分かりやすく物が増えてってんだっつーの!」
「しかも、今もしっかりおは朝チェックしてるんすね…ブフォッ」
「高校ン時のくせが抜けねぇんだよ!轢くぞ!」
「あーそれ、大坪サンと木村サンもこないだ言ってたなぁ」

真ちゃん愛されてんなぁ、と健闘違いなことを抜かす高尾に宮地は呆れて怒鳴る気力が失せた。
それはお前だけだ、と言いたかった言葉は飲み込まれた。

宮地達にしてみれば高校当時、緑間の異常なまでのラッキーアイテム信仰にさんざん振り回されたのは、いっそトラウマと言うほうが正しいだろう。
ラッキーアイテムが見つからなければ部活に出ないと駄々をこね、ラッキーアイテムがあっても占いの結果が気に入らなければやっぱり部活に出ないと駄々をこねていた頃が懐かしい。
あんなに手のかかるバカは後にも先にも緑間しかいない。
それでも、この目の前の後輩は嫌な顔も呆れた顔もせず、緑間のやることなすことに笑いながらとことん付き合っていた。
そしてそれは見た限り、今だって変わっていないはずで。

バスケはもうしない。
たまに、かつての仲間と顔を合わせた時にストバスくらいはすることもあるが、あの一番熱意を傾けるようなものは、三年間の青春を燃やし尽くして終わりを告げた。
高尾が緑間にパスを回す必要はない。
緑間が高尾のパスからスリーポイントを決める必要もない。
ふたりを繋いだバスケはもう存在しない。
緑間は次の四年間は医者になるための勉学の時間としてすべてを捧げると決めていたし、高尾もまた違う夢を追うためにいまの大学を選んだ。

それでも二人は今も一緒にいる。
役割なんてなくても、ふたりの仲は変わらない。変わっていないはずだ。
それなのに、なぜか微妙な距離を残して足踏みしているような、そんな空気がこの部屋には、二人には確かにあった。
それが他人事ながら宮地は気になってしょうがなかった。

「…いっそ、なんで一緒に棲んでねぇのかマジ謎。
緑間だって、ここから通ったほうが楽そうなのに」

とくに最近は夜遅くまで研究室に残っているらしい。
先日、飲み会上がりに帰るのがめんどうくさくなって宮地がいきなり押し掛けた時、緑間もここへ来ていた。
終電がなくなったので、と疲れた顔で言いながら高尾が作ったお茶漬けを無心で啜る彼の背中は、まるで残業上がりのサラリーマンのような哀愁があったと、宮地は思い出す。
翌日、疲れからか寝坊をした緑間が寝癖もそのままにアパートを去っていくのを二人は爆笑しながら送り出したのだった。

「高校んときでもあんな満身創痍な緑間って見たことなかったわー…あいつ大丈夫か」
「ギャハハッ!真ちゃんの寝癖は、あれはレアだった!ナイトキャップ忘れちゃうとか、ホント、よっぽどですよね!
まーでも、それももうちょっとだと思いますよ」
「なんだよ、シェアするとか、話してんのか」

そしたらオレここに来るのお邪魔になるのかね、と冗談っぽく宮地が言う。

「いや、オレが勝手に、そう仕向けてるだけなんすけどね」
「…はぁ?」

しかし高尾の言い様に、意味が分からない、と宮地は眉根を寄せた。

「どういう意味だよ?」
「オレ達、そもそも大学違うし、真ちゃんはイイトコのお坊ちゃんだし、ただノリでルームシェアしましょ〜なんて無理だと思ったんです。
それで便利なところに、終電が無くなってしまうような時間帯に止まる駅に便利な部屋があれば、利用するようになって、そんで楽をさせてあげるからって名目でいろんな荷物を増やさせて、ここに取りに来なきゃ困るような物も増やして、いちいち実家なんか帰らなくたって大丈夫なんだって覚えさせて、流れでここに落ち着いちゃえばいいかな〜って」

良いアイディアでしょう、と言わんばかりのノリで説明をする高尾に、宮地は思いっきり白い目を向けた。
そんな宮地の様子に高尾は慌てて「うわっ、そんな引かないで下さいよー」と困ったように眉尻を下げた。

「オレ、宮地サンだから言ったのに」
「そりゃどーも」

つーか、別に引くとか、そんなじゃなくて、そんなんはどうでもいいんだけどよ、と歯切れ悪く宮地が呟く。
今度は高尾のほうが、分からない、と言いたげに宮地を見つめた。
うーん、と唸って、言葉を探しながら、宮地はがしがしと髪を掻いた。

「なんつーか…んな回りくどいことしなくたって良いんじゃねーの?」

心底不思議そうに宮地が聞く。
高尾はぱしぱしと、幾度か瞬きをして、それから鼻で笑った。

「真ちゃんのなんだかんだ合理主義っぽいとこは変わんねーからなぁ。
こうでもしないと、多分折り合いつけらんないと思うんすよ、あの元エース様」
「なんだそりゃ」
「男同士で暮らすことへの抵抗?とか?」

いひひっと茶化すように笑ってみせるが、自嘲が隠しきれておらず、宮地は苦く思う。

高校三年間、己の能力をただ緑間真太郎というエースひとりのために捧げ、生かし、尽くし、部だけでなく私生活でも、高尾は彼に着いて離れなかった。
緑間がいないときだって二言目にはやれ真ちゃんがまた面白いだの笑えるだの、彼の話ばかりする。
コンビニに行けば必ずおしるこを買って緑間に餌付けし、興味のないはずの占いを毎朝チェックしてはラッキーアイテム探しに勤しんでいた。
それほどまでに固執した相手に、いまだあれこれ考え巡らせなければ一緒にいる理由を作れずにいるなんて。
けれど。
高尾の能力を誰より必要とし、それ以上に信用し、側に置いて離さなかったのは。
邪険に扱う素振りをしながらも、いつだって隣に並ぶように無意識に強いていたのは。
隣にいるのが当たり前という顔をしながら、多方面から慕われる彼がふらふらと何処かへ行かないように、誰よりも高尾の名前を呼んでいたのは。

固執していたのは決して高尾だけではないことを、宮地はよく知っていた。
第三者だったから、よく見えていた。

(緑間はお前の言うような、薄情でも甲斐性がないとも、オレは思わねーけど。
それって、本当は、気持ちに折り合いつけらんねーのは)

ふと浮かんだ考えに、宮地はああ、と思う。
言ってしまえば、果たして高尾はどんな顔をするのだろう。

「合理主義、ねぇ…」
「え?なんすか、宮地サン」
「なんでもねーよ、バーカバーカ」
「ひどっ!なんなんすか!」

宮地サーンもっかい!もっかい言って!聞こえなかった!ねぇってばー!としつこく絡んでくる高尾を宮地はハイハイウルセーと受け流す。

当人達の問題だ。
今後も一緒にいるつもりなら、どうせいずれぶつかる。
そのときに二人でどうにかすればいい。

どうせオレにはカンケーねーしなぁ、と宮地は欠伸をひとつ噛み殺す。

(それにしても、あのムッツリ君がお前の部屋にせっせと私物運んでるのが、オレは面白くてしょうがねー)

意地悪を言わないかわりに、喜ぶようなことも言ってやるつもりはない宮地であった。

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