5 | ナノ
バスケ部員の2学期中間テストの成績が、前期期末よりも一部を除いてことごとく下がったことに頭と胃を痛めていた中谷監督から「お前たち、最後の悪あがきでもいいから前日くらいは勉強しようか」とお達しがあり、大会も間近だというのに急遽朝も放課後も活動及び自主練も中止となった期末テスト前日。

とばっちりもいいところなのだよ、と昨日のミーティングを思い出しながら成績優良者である緑間はため息をついた。
いつもなら運動部員くらいしか見かけない通学路は、普段より生徒の数が多く朝から賑やかだ。
けれども緑間はその景色にうっすらと物足りなさを覚える。

というのも普段は「つーかオレ早起き苦手なんだよねー、でも朝練遅刻で先輩にしばかれるのは勘弁だし、真ちゃんと待ち合わせすれば緊張感あって遅刻しなくなんじゃね?」と高尾が言い出したわけのわからない理由から、双方が通る通学路で待ち合わせて朝練に行くことが日課になっている。
しかし朝練の無い日は、高尾の言葉で言うなら緊張感がなくなるのだろう。平気で寝坊する高尾に、それを待つことはしない緑間。そもそも家の近くない同士が一緒に行く理由も本来はない。だから今日のようなイレギュラーな場合は、別々で学校に向かうことが暗黙の了解になっている。

秀徳ほどの強豪校、朝練がなくなることは滅多にないので、そういえばひとりで登校するのはいつぶりだろうかと、違和感の理由を緑間は思い、無意識に眉間にシワを寄せた。
そのこと自体に問題はない。むしろ今日でなければこの静かな朝を気持ちよく過ごせたのではないかと思うくらいだ。朝起きれなーい、なんて言うわりに朝から無駄に元気に話尽きることなくしゃべり続ける男が毎朝いることを考えたら。ただ今日という日に問題があった。
11月21日。今日は緑間の相棒と自負する、高尾和成の誕生日だ。

緑間はこうした祝い事に対して苦手意識を持っていた。普段から好んで他人と積極的に関わりを持とうとするほうではなく、他人に対する興味も薄い。それでも幾人かいる親しい間柄の友人たちの誕生日というものには今までも遭遇してきたが、その度に何を言えばいいのやら何を渡せばいいのやらと、普段使わない気遣いというものを必要以上に使う羽目になる。
そして、本人は自覚が薄いがどうも世間とズレた感性で起こす行動は喜ばれるよりも、先に苦笑される事態になることの方が圧倒的に多かった。
「緑間っちって、ホントこういうの向いてないっすね…彼女出来たらどうするんすか」と、いつだったか黄瀬に心底心配されて、余計なお世話だと言い返したことを緑間は思い出す。
当時は確かに余計なことと思っていたのに、まさかこんなに早く危惧しなければならない状況になるなんて一体誰が想像しただろうか。緑間自身だって驚いている。
正確には彼女と言っていいのかは分からないが。というより女ではないが。
けれども高尾自身が、オレ真ちゃんの彼女になるのか!そっか!うっは、やっべぇ!ちょうテンションあがるねっ!と付き合うと決まった途端ハイテンションに喜んでいたから、まぁ本人がいいならいいのだろうと、緑間はそこについては真剣に考えることをもう随分前に止めてしまった。
彼にとっていま問題なのは今日という日なのだ。
朝一番に顔を合わせれば、おはようついでにおめでとうくらい、ごく自然に言うことが出来ただろうと想像する。
しかし高尾が今日遅刻をしてくることは確実。クラスメイトの揃った教室でわざわざそれを口にすることは、緑間にはどうも気恥ずかしく。また誕生日を祝う言葉を口にする自分がなんだからしくないと、つい思ってしまえばあまり気は進まず。

(だからお前も普段からあらゆることの人事を尽くせと言っているのだよ、バスケばかりで勉強をしないからこうなるのだ。朝練が無いと、これではおめでとうも言えないではないか高尾め…!)

と高尾にしてみれば理不尽極まりないことを愚痴りながら緑間の足は苛立たしげに歩む速度を上げた。




「ちょ、セーフ?セーフ?!まだチャイム鳴ってねぇよな?!」

緑間が読んでいた本から顔を上げて聞き慣れた声の聞こえた方を見ると、本気で走ってきたのか、肩で息を切らす高尾が教室の入口に立っていた。
今日さみぃね、と入口近くにいたクラスメイトと笑い合いながらも、視線をさまよわせたのは窓際の列。緑間の存在を確認して、ニッと口を歪める高尾に、緑間は遅いと言いたげに視線を投げ返し、再び本に目を戻す。緑間の前が高尾の席だ。すぐにこちらに来るだろう、と緑間は思ったのだが。

「たーかお!」

きゃぴきゃぴとした高い声に反応して緑間が再び視線を高尾へむければ、数人の女子生徒が高尾の前に躍り出ていた。

「今日誕生日でしょー!おめでとー!」
「これプレゼント!」
「あのね、みんなでお菓子作ったんだよ」
「え、ちょ、まじ?オレの誕生日覚えててくれたのかよ?サンキュー!」

しかも手作り菓子とか!バレンタインの義理チョコ以外で貰ったことねぇわ!とはしゃぐ高尾に、女子生徒たちはうそだぁと言いながらも、高尾の明るい反応に嬉しそうに笑う。
そのやりとりを見ていた他のクラスメイトたちも口々に高尾の誕生日を祝う言葉を投げ始めた。
緑間は信じられない、という気持ちでクラスの様子に見入る。
こんな軽い調子で言えるものなのかと、うまく感情の処理ができない。
それと同時に、高尾の家族以外で彼に祝いの言葉を送るのは自分が最初だと、緑間は何故かどうしてか、なんの根拠もなくそう思って疑っていなかったのに、いとも簡単にクラスメイト達に先を越されてしまったことにひどくショックを受け、ショックを受ける自分自身の心にもひどく驚いて。
固まっているあいだに担任が教室に入ってきて、ようやく席についた高尾が振り向いておはよー真ちゃんと声をかけてくるまで、緑間は挨拶すらろくに出来なかった。

各休み時間には他のクラスの部活仲間や友人が二人のクラスにやって来ては高尾を囲んで楽しげに誕生日を祝う言葉を口にし、その度に高尾はにこにこと笑い礼を言う、そんなやりとりが繰り返された。
緑間はその光景を横目で見ながら、けれど昼になればいつも通りに二人で弁当を囲むのだからその時まで待てばいいのだと一旦は気を落ち着かせたのだったが、それも叶わぬこととなる。



「わりぃ真ちゃん!オレ委員会の集まりあるの忘れてた!今日は一緒に食えねー!」
「…それなら、早く行くのだよ、他の委員の迷惑になるだろう」
「ほんとごめんね!」

慌てて高尾は教室を出ていこうとして、しかし、ドアに近づいた途端に何故かぴたっと動作を止めた。どうした、と声をかけようとしたが、それよりも先に目に入ってきた、高尾の行く手を阻むようにドアに足をかけて壁にもたれかかる人物に、緑間の片眉がぴくりと跳ねる。

「お前どこ行くの?」

飯は?と意地悪い笑みを浮かべた宮地に、高尾は苦笑いした。

「ちょっと宮地さぁん、オレ委員会行かなきゃなんで足どけてくださーい」
「んだよ、じゃあ今日はオレらと飯食わねーわけ」

つまらなそうに言う宮地に高尾は両手を顔の前で合わせてみせた。

「そういうことになりますね、すんません、なんで真ちゃんのことよろしくです」
「おら、宮地邪魔だってよ、おーい緑間、飯行こーぜ」

よろしくされることなんてないのだよ、と内心悪態をつきつつも木村に呼ばれて緑間は高尾たちのたむろするほうに向かった。どうせ高尾はいないのだし、ひとりで食べるよりは気が晴れるだろうと、緑間は思うことにした。

「じゃあオレ行きますね!」

足をどけた宮地の横をすり抜けようとした高尾に再び、おい、と宮地は声をかけた。

「誕生日おめでと」

言いながら、手を伸ばし、くしゃりと高尾の髪を乱して笑う宮地に、木村もおめでとうと言葉を被せる。高尾はどうもですっとはにかんで、今度こそ廊下を走って行った。

「ほんじゃ行こうぜー大坪も待ってるし…っておい緑間!どうしたその顔!こわっ!!」



「…え、お前まだ言ってなかったのかよ」

宮地の驚く声に、緑間はまだ不機嫌な色が残った表情のまま頷く。

「もう昼だぞ…とっくに言ってるもんだと思って…なんか、悪かったな…いやでも、早く言えよ、それであんな顔されても知るかよこえーんだよびびったじゃねーか」
「タイミングが分からなくて言い損ねているだけです…あと宮地先輩はあまり過剰に高尾に触らないでもらえますか」
「おいそっちのことかよお前が怒ってんのって!わかりにくい嫉妬すんな!」

ちょっとふざけただけじゃんこれだから余裕の無い男は…とぶちぶち文句を言いながら拗ねる宮地を、木村と大坪は声をあげて笑った。

「つーか、タイミングもクソもねーだろうが。たかがおめでとうの一言だろ?」

呆れたような宮地の物言いがどこか引っ掛かり、緑間はむっつりと黙り込んだ。
黙り込まなければ、たかがとはどういう意味かと、聞いてしまいそうだった。それこそ、なにがそんなに引っ掛かるのか、自分でもよく分かっていないのに。

「まぁ、今日は部活ねーから放課後に時間はたっぷりあるじゃねえか、そこがチャンスなんじゃん?」
「テスト前だからということでもらった休みだけどな…どうせ一緒に帰るんだろう?少しは二人でゆっくり出来るんじゃないか?」

木村がフォローを入れて、大坪もそれに同調する。それから、でもお前らはいっつも二人一緒なのに今日に限って大変だなぁ、と笑われた。
つられて、それもそうですね、とそこでようやく緑間も口元を和らげた。



結局、緑間は高尾の誕生日について一言も触れられないまま午後の授業も終えて、放課後を迎えてしまった。

「なぁ真ちゃん、これからちょっと寄りたいとこあるんだけど付き合ってくんねぇ」

帰り支度をしながら、テスト前だけど…と遠慮がちに言う高尾に、緑間は「構わん」と間髪いれずに答えた。その緑間の反応に高尾は勢い良く吹き出した。

「まじで!真ちゃんテスト前だと絶対嫌がるのに、今日はどうしたんだよ、付き合い良い!」
「…そういうお前は、テスト前だろうと関係なしに用があるときは強引に付き合わせるではないか」

言い返せば、それはお互い様だろーと言う高尾に呆れた顔を向けながらも、緑間は正直、心の中は穏やかで無かった。
この放課後を逃せば、何も出来ないまま帰ることになってしまう。それだけはなんとしてでも回避したかった。年に一度の特別な日に何も言えないまま終わるなど、気のない他人ならばなんら問題は無いが、仮にも恋人相手に対してそれがどれだけ非常識な行いであるかは、緑間だって分かっているつもりだ。
かといって、自分から何処かへ誘えるような言い訳もうまいこと考えることが出来ず、自分の不器用さを呪い、高尾からの申し出に救われ、安堵した。
行く場所は、高尾のことだからスポーツショップかCDショップあたりか、と緑間は思い浮かべる。それならついでと言ってどこかファミレスにでも入ってお茶くらい出来るだろう。その時にゆっくり言えばいいと算段を立てる。

「それがさぁ、さっき黒子からメールが来て」
「…は?黒子?」

しかし、思いもよらない固有名詞の登場に、緑間は思い切り眉を潜めた。



秀徳高校の最寄り駅に属するコンビニ前で待っていた三人組を視界に捉えた途端、めまいのようなものを覚えたのは決して気のせいではないはずだと緑間は思う。
二人に気がついたのか、ブンブンと手を振り無駄にさわやかさを撒き散らす金髪に、少しだけ片手を持ち上げてひらりと振ってみせた目立つ赤、その二人の存在感に埋もれるような儚さを纏った小柄な水色はわずかに頭をさげた。
あいつらコンビニにたむろってると目立つなぁ!と可笑しそうにはしゃぐ高尾に対して、なにがそんなに面白いのか理解しがたいと疑問を抱きながら、その三人の姿に良い予感がしない緑間であった。

「お久しぶりです高尾くん、急に呼び出してしまってすいません」
「むしろこっちこそわりーな、ここまで来ることねーのに、遠いじゃん」
「どうしても直接会って言いたかったので…誕生日おめでとうございます」

黒子がゆるやかに笑みを浮かべてそう口にすると、黄瀬と火神も口々に祝いの言葉を高尾に寄越した。
高尾が照れをごまかすように頭を掻いて、お前らにも祝ってもらえるなんてなーと笑う。
緑間はその横顔を盗み見て、他校生の三人にまで先を越された現実に、殊更気持ちが沈んだ。
というより、いつの間にそんな親しい間柄になっていたのだと問いただしたい。あんなに黒子にライバル意識を燃やしていたのはどこの誰だと、緑間はこっそり高尾を睨む。

「…黒子と火神は、100歩譲ってまぁわからんこともないが、どうして黄瀬までいるのだよ」

恨みがましいと言わんばかりにそう噛み付いてきた緑間に黄瀬がええっと騒ぐ。

「緑間っちひどい!ほらぁ、前に皆でストバスしたじゃないっすか、あのときになーんか意気投合しちゃって!今じゃメル友っすよ」

ね、高尾っち!と高尾に抱きつく黄瀬に、高尾も、なー黄瀬くん!とじゃれる犬をあやすかのように構う。

「あ、でも、これ、一番笑っちゃうんだけど、キセキで一番におめでとうって言ってきたの誰だと思うー?」

今にも盛大に吹き出しそうになるのをこらえながら高尾が問いかけると黄瀬と火神はなんだなんだと食いついた。察しのいい黒子だけが冷ややかな視線をもって緑間を見上げる。

きみじゃないってどういうことですか。
うるさい。オレだって知らん。

無言でそんなやりとりを交わす二人には気づかずにはしゃぐ3人の笑い声が、一際大きく響いた。

「ありえねえ!まじでか!?あいつそういうキャラじゃねーだろ!」
「だろ?オレもそう思ってたのに、でも日付またいですぐだぜ?メール寄越してきたの!ほんっとウケるよな!ちょっと見る目変わっちゃったわー、いい意味でだけど!」
「オレ、次アイツに会ったら、思い出してぜってー笑っちまう…」
「ああ見えて意外とマメなんすよー青峰っちは」

あ、青峰だと…。

聞こえてきた名前に緑間は、思わず三人のほうを凝視し、脱力した。
ストバスをしたときに、青峰と高尾が同じチームだったことは覚えている。
あの時は火神と青峰が喧嘩腰で張り合っている横でひとり着々とゲームメイクをしていたはずなのに、一体どの場面で親しくなるほど関わっていたのかと記憶を探るが、緑間には分からない。

「高尾くんは、交友関係が広いですね」
「…何が言いたいのだよ」
「いえ別に」

ただ緑間くんが面白い顔をしているので、と口元だけで笑う黒子は心底楽しげだった。



小遣いがピンチだからと正直に宣う彼等の高尾へのプレゼントは、コンビニで当人に選ばせた駄菓子とジュースに、今はまっているトレーディングカードの小売パックだった。こんなもので悪いとしきりに謝る三人に、祝ってもらえただけで嬉しいっつーの!と高尾は軽快に笑っていた。

それから散々騒ぎ倒してから帰っていく三人の背を見送る頃には、もう随分日が落ちていた。
道行く車にも街の街頭にも明かりが灯る時間。
暗くなるにつれて冷えていく空気のなか、二人は並んで帰り道を行く。
いつものように高尾は好きなバンドの新譜がいかに素晴らしいかを熱く語り、昼の委員会で起こった本来なら取るに足らないような出来事をおもしろおかしく広げ、かと思えば明日のテストのことを憂いたりと、くるくると話題は移り変わっていく。
ひとりの人物から作られる慣れ親しんだ騒々しさは、けれど今日は今になってようやく聞くことができたことに、緑間はほっと息をついた。
なにやら今日は常に慌ただしかったが、それは慣れたものではなかった。
そこでようやく緑間は、普段はなんとなしに耳を傾け時折うるさいと文句を言いながら、けれどこの、二人でいるときに出来る空気感が、本当なにより心地良いのだと理解した。
未だに誕生日を祝う言葉を言いはぐっている現状と、当たり前にあるものの価値に気がつく遅さとを浮かべて、自分はあらゆるものに鈍いのだろうかと、緑間が自身をひっそりと自嘲しているうちにとうとう、それぞれの家路を分ける交差点に近づいてしまった。

赤信号に立ち止まり、青を待つ。どうにか時間稼ぎはできないかと、緑間が高尾を見下ろしたのと、高尾が緑間を見上げたのは同時だった。
ただ、緑間を見上げた高尾の表情は、気まずそうな色をにじませて曇っている。
緑間は驚いて、音を発することを忘れた。

「なぁ…真ちゃんさ、今日どうしたの」
「……何がだ?」
「何がだって、え、オレなんか変なこと言った?わりぃ、わかんねぇ、怒らせるつもりはないんだけど覚えがなくて…」
「…?高尾、何を言っているのか分からないのだよ」
「はぁ?分かんないって、だって真ちゃん、顔、さっきっからすげー仏頂面!」
「は?」
「え?」

ふたり揃ってキョトン、と互いの顔を見つめ合う。

…だー!まわりくでぇ!と高尾が一向に噛み合わないやりとりに根を上げた。とりあえずちょっと座ろうぜ、と言いながらすぐそばにあった縁石の上に座り込んで、緑間の手を引っ張る。
行儀が悪いと、一瞬しぶったものの、高尾が手を離す様子もないので、仕方なく緑間も高尾に並んで腰を下ろした。
飲み屋や会社が立ち並び、家路を急ぐひとで賑わう道端に座り込む男子高校生というのはどうにも浮いているがわざわざ足を止めてまでその存在を気にする者はおらず、一瞬目を向けることはあっても、すぐに興味をなくして皆足早に通りを過ぎていく。
そんな忙しない風景をぼんやりと眺めながら、高尾は緑間に声をかけた。

「なーんでご機嫌ナナメ?」
「…オレは、そんなに不機嫌そうな顔をしていたのか」

緑間は、そういえば今日は表情に関してよく人にものを言われた日だったな、と思う。

「質問に質問で返すのやめよーぜ真ちゃん…まぁ、うーん、そう見えた、ていうか今日一日ずっと微妙な顔してたの!なぁ、やっぱオレなんかした?話しててもなーんか生返事だったし、さすがに気になるっつーか…」

しょげた高尾の表情と声に、緑間は歯がゆくなる。

「…高尾のせいではないし、機嫌が悪いわけでもない……そう見えてしまっていたのだとしたら、強いて言うならば、オレ自身に問題があって、自分自身に不甲斐なさを感じていただけのことなのだよ」

緑間の言い分がさっぱり分からないというように、うーんと唸る高尾の表情は晴れない。
今日は誕生日なのに、特別な日であるのに、こんな顔をさせたかったわけじゃない。

「高尾」
「んー?」
「誕生日、おめでとう」

は、と間の抜けた息を吐いた高尾の顔が、みるみるうちに赤く染まった。
緑間は高尾の異変に、ぽかんと口をあけて固まる。
このタイミングは無いと、盛大に笑われるだろうと構えていた。それを承知で、けれども、もう、今言わなければ何も言えずに、下手をすれば気まずい空気のまま今日が終わってしまうと焦り、口に出してしまった。
今日1日出し惜しみしたわりに、結果半ばやけくそ気味に言ってしまったというのに、と緑間はひどく戸惑う。
予想もしなかった高尾の反応を前にして、緑間の思考は停止した。

「……真ちゃん…急に、なに、つーか、いま言うか、それ」

ようやく口先でふざけたが、顔の熱はどうにもならなず、うわぁ、いま顔見ないでね、と零しながら高尾は両手で真っ赤になった顔を覆った。
緑間自身も、見てはいけないものを見てしまったような気持ちに駆られたために、慌てて高尾とは反対方向へ顔を背けた。
互いに押し黙り、気まずい空気が流れる。

顔を反らしたものの、自分の唐突な言葉に呆れるでもなく茶化すでもなく、ただただ照れてみせた高尾の表情が、緑間の脳裏に焼き付いて離れない。今日に限らず、あんな顔をしたことがあっただろうかと思う。あらゆることに鈍い自覚は持つものの、その表情の意味するところまで分からないわけじゃない、と自覚してしまえば、緑間の心臓が早鐘を打つ。

「…最初から、言うつもりだったのだよ」

この状況を打破したくて、ぽつりと、静かに沈黙を破ったのは緑間だった。

「ただどう言い出せば良いか、分からなかった」
「…それで、今になっちゃったって?…真ちゃんらしいわー」

ははっと力なく笑う高尾が、もうこっち見ていいよと緑間を呼ぶ。
照れくさく感じながら緑間がおずおずと視線を戻すと、高尾も同じなのだろう、なんとも複雑な笑みを浮かべて、その顔からはまだ赤みが引ききっていない。

「つまり、オレのこと考えて今日一日仏頂面していたわけデスカ」
「…その変な語尾はやめるのだよ」
「真ちゃんに言われたくねぇ!」

ブフォッと吹き出す高尾はいつも通りの笑い顔になり、緑間もようやく少し落ち着く。

「おっ真ちゃん、やっと笑ったな」
「お前の汚い笑い方に気が抜けたのだよ」
「ひっでーの」

言いながらも高尾の口元はふにゃふにゃにだらしない。

「締りのない顔だな」
「へへー、だってさ、真ちゃんがオレのことで一日悩んでくれてたなんて、もうそれだけで、オレにはサイッコーの誕生日じゃん、真ちゃんの頭ン中独り占め、だろ?」

冗談めかした口調から一転して「すげぇ幸せ」と噛み締めるようにつぶやく高尾が細めた目は、浮かべた笑みは、色づいた頬は、今日見てきたどれにも当てはまらなくて、他の誰に見せたものではなくて。どれよりも輝いて見えたのは贔屓目なんかじゃないと思いたい、と緑間は願う。
それから、ここまで来るのに散々な思いをした一日ではあったが、こんな反応を返してもらえるのならば、他人のためにあれこれ思考を巡らせることもそう悪くはないと思うのであった。




「それで、プレゼントなのだが」
「え、用意してくれてたのかよ?」
「…その、何を渡せば喜ぶのか、そういうのを考えるのも不得手なのだよ。だから、お前が何かして欲しいことや欲しいものはないか、直接聞こうと思っていた。普段、わがままを言うのはオレのほうだからな、この際ひとつくらい聞いてやるのだよ」
「なんかもう、真ちゃんってほんと、どこまでも緑間真太郎って感じだよな…うん、そういうとこ大好きだけど」
「意味が分からないのだよ」
「うーん、ワガママ…普段いろいろ考えてる気でいたけど、こういうのっていざ言われてみるとパッとは思いつかねー……あ。ねぇ真ちゃん、思いついた、けど、ちょっと今は叶えてもらえないから、予約するっつーのはあり?」
「なんなのだよ」
「あと2年待てばオレたち18だろ?そしたら結婚できんじゃん!真ちゃんと結婚するのはオレ!っていう予約!どうよ?」

…なーんてな、と冗談めかしてオチをつけるはずが、今度は緑間が顔を真っ赤にさせ、それに触発されて高尾も再び赤面するはめになり、冗談なんて言葉は頭からすっぽ抜けてしまった。

真っ赤になった高校生が地べたでぐだぐだになっている光景はさすがに目立ち、遠巻きに不審な目を向けるものも少なくないが、今のふたりにはそんな視線を気にする余裕は無かった。




高尾、誕生日おめでとう!!!生まれてきてくれてありがとう!!!!!
緑間の受難のわりに最後は緑間さんの一人勝ち(結婚的な意味で)という…ずるい男ですね、ふたりの結婚式が楽しみです


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